火神も上半身を起こすと、壁際まで転がったボールが視界に入る。
「センパイは…」
「あ、私は大丈夫だよ」
火神が訊ねる前に遥は返事を返した。
が、彼はここ数ヶ月の付き合いで、彼女がこう答えることは予想済みである。
余程のことがない限り、遥から"大丈夫"以外の言葉はない。
「火神くん…?」
溜め息を吐くと、火神は遠慮なく先輩の腕を掴んだ。
痛がる素振りを見せず、ただ大人しくしている遥。
火神は思い当たる節を調べていくも、どうやら本当に怪我はないらしい。
「私なら大丈夫だってば。怪我してないよ」
火神くんが庇ってくれたしね、と付け足すと、遥は安心させるために微笑んでみせる。
火神が遥の返事を予想出来たように、彼女にも彼の反応は予想出来ていたのだ。
バスケでは獣のような凄まじさを見せ付ける彼が、実は優しく、そして僅かに心配性な一面を持っているということを、遥は身をもって知っている。
「それより、火神くんの方こそほんとに大丈夫なんだよね?」
「え゙」
遥は両手で火神の頬を固定すると、真剣な眼差しで彼を"捕らえた"。
バスケのことになると無理をしてしまう彼のことだから、違和感があっても言わないかもしれない───と考えての行動だったのだが、火神は文字通り捕らえられていた。
額に嫌な汗が浮かぶ。
遥は先輩であり、マネージャーであり、何処か妹のような面もあるが、間違いなく女性であり、何より───
「大丈夫……すよ」
手加減を知らなかった。
火神が嘘を吐いていないか確かめる意味があるとは言え、この距離でまっすぐ見つめられては答えられるものも答えられない。
頬を固定している両の手に込められた力は大したことないが、視線も相俟って振り解くことは叶わなかった。
「ならいいけど…」
泳ぐ視線が気になるものの、本当に大丈夫だと判断した遥は彼から手を離す。
緊張から解き放たれた火神は、肩で息をしていた。
が。
「今更だけど、火神くんカッコいいね」
すぐさま盛大に噴き出すこととなった。
「今までちゃんと見てなかったわけじゃないけど…改めて実感したって言うか」
遥の言う"カッコいい"は、勿論顔に限った話ではない。
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