何分経ったか分からないが、緑間は努力家の彼らしい集中力でボールを捌き、黙々と練習を続けていた。

遥はそんな彼の背中を見つめているだけだ。

中学時代にも緑間の居残り練習に付き合っていたため、彼の背中は見慣れたもの。

彼女の記憶の中と同じであると同時に違う背中は、大きく逞しかった。


「あ、おしるこ」


遥は咄嗟に声を出したが、緑間には聞こえていないらしく反応はない。

この近くの自販機には、彼が好むおしるこが売っていたはずなのだ。

遥は鞄から財布だけ取り出すと、角を曲がった先の自販機まで小走りで向かう。


「……あった」


水、スポーツ飲料水、コーヒー、ジュースと並ぶ中から目当てのものを選ぶと、落ちてくるそれ。

これを緑間に渡せば、きっと恥ずかしそうに視線を逸らしながら眼鏡のブリッジを押し上げ、丁寧な礼と共に今度何か礼をするとでも言うのだろう。

安易に想像出来た後輩の反応に、手にした缶を見て遥は微笑んだ。


「───先輩!」

「!」


聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、遥の体は背後から熱い何かに包まれた。

僅かに香る汗の匂い。

自分に絡む、スポーツマンらしく筋肉のついた腕に手を添え、遥は身を捩る。


「真太郎?」


思った通りだがしかし意外な人物に、遥の頬が仄かに染まった。

緑間の中学時代の同期ならまだしも、彼は軽はずみにこんな行動を取るタイプではないはずだ。


「気が付くと貴女がいなくて……何処へ行ったのかと」

「ごめんね。すぐ戻るつもりだったんだけど」


緑間は無意識に、遥を囲う腕に力を込める。

以前は満足するまで付き合ってくれていた彼女がいなくなった。

荷物を置いたまま、その姿が消えて───。

緑間は安堵の息を吐くと、我に返り顔を青くした。

今、何をしている?


「っ…すいません」


今度は顔を赤くすると、慌てて後退る。


「ううん、心配かけたんだよね。…あ、そうだ。はい、コレ」


解放された遥も照れたように頬を染めたままだったが、取り繕うように缶を手渡した。


「好きでしょ?」

「……ありがとうございます」


素直に受け取った缶に書かれているのは"おしるこ"の文字。


「また礼をさせて下さい」

「いいよいいよ、気にしないで」


辺りは大分暗くなり始めていた。


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