伊月の助けを借りて難無く解を導き出した遥は、次の問へ目をやる。

するとまたすぐに壁が立ちはだかった。

"上級・応用問題"と記されたそれは、二重三重に式を作らなければ解けそうにない。

教科書と問題集を数ページ前へ戻して、参考になりそうな公式や例題を探す。

知識と記憶を照らし合わしている遥はいい具合に集中しているようだったが、解ける解けないはまた別問題だ。

勉強の邪魔をして悪いが、隣にいる伊月に助けを求める方がいいかもしれない───そんな考えが脳裏を過ぎったとき、遥の視界を腕が遮った。

つい先程と同じように横から伸びた細身だが筋肉質なその腕は、開かれた教科書に触れている。

素早くページを捲ると、遥の手から再度シャープペンシルが消えた。


「全然関係なさそうだけど、考え方はこの問題と似たような感じ」


数学が得意なだけあって、伊月の説明に躊躇いはない。

遥が座る椅子の背もたれに片手を突き、彼女に寄り添うような体勢でルーズリーフに式を記していく。


「それから、こっちは問題集の方と似てるから───」

「ふふっ」


遥は片耳を押さえ、突如笑いを漏らした。

体勢のせいで、どうしても伊月の口元が耳元にきてしまうため、心地いい響きを持つ彼の声が擽ったいのだ。


「あ、途中なのにごめんね」

「お節介だった?」

「ううん、ただ擽ったくて───」


否定するために慌てて伊月を見ると、思ったより近く、目と鼻の先にある顔に固まる遥。

それは伊月も同じだった。

吐息が絡まる程の距離、ぼやけてしまったお互いの瞳には驚いた表情が映り込んでいるのだろう。

言葉を失ったまま数秒見つめ合うと、2人は勢い良く揃って顔を逸らした。

いくら見慣れた顔とは言え、動揺しない距離ではない。

放課後の教室、テスト対策に追われる者たちに紛れ、別の動揺が静かに空気を揺らした。


「ビックリした…」


一呼吸置いてから遥は伊月に声をかけようとしたが、それより早く彼が動く。

先程より縮まる距離。


「…じゃあ、役に立ってる?」


音量を最大限抑え、耳に吹き込まれるように囁かれた声は、遥を困らせるには十分すぎた。


「俊…!」

「役に立つ良薬煮立つ…」

「…もう」


恒例のギャグも挟んで一枚上手な伊月とは対照的に、遥は拗ねたように淡い色をした唇を尖らせる。

「ごめんごめん」と謝罪を口にはするものの、宥めるように遥の髪を梳いている伊月はどこか楽しそうだ。

指通りの良い髪は、彼の指を絡め取ることなく流れている。


「いつも私が分からなくなったときに助けてくれるし、俊って凄いよね」

「まあ、ずっと見えてるし」

「さすが鷲の目!」


伊月がさり気なく凄いことを口走ったことに気付いたのは、遥以外のクラスメイトたち。

傍迷惑な2人と空間を共有していたこの友人たちのテスト勉強が捗ったかどうかは、もはや言うまでもない。




パステルカラー・アフタースクール


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