勿論、清掃といっても内部の汚れ具合の確認や、鍵盤のタッチやアクションを簡単に確認するという程度である。

手短にそれらを済ませて振り返った緑間を待ち構えていたのは、興味津々といった様子で爛々と瞳を輝かせていた遥だった。


「凄いね、緑間くん。ピアノのメンテナンスも出来るんだ」

「メンテナンスという程でもないですが…」

「勿論弾けるんだよね?」

「それなりには」

「緑間くんとピアノかぁ…似合うね」


"似合う"───言い換えるなら"相応しい"。

一瞬息を飲んだ緑間だったが、脳裏に貼り付いたはにかんだような笑顔、開いた口から零れ出たのは胸につっかえていた疑問だった。


「………主将とは、その……」

「主将?修くん?」


部活内だけではなく、主将とマネージャーである2人はよく一緒にいる。

クラスが同じということもあるのだろうが、教室を出ても寄り添っている2人の姿は頻繁に目撃されているし、先程もグラウンドで人目も憚らず抱き合っていたのだ。

何がどうなってそうなったのか知らないが、遥を正面から抱き留めていた虹村は、取り囲むクラスメイトから冷やかされていたようである。

2人は自分が思っているより、もっと親密な関係なのだろうか───緑間はこの一瞬を教師に打ち抜かれてしまったのだった。


「修くんがどうかした?怖い顔してるかもしれないけど、そんなに怖くないしバスケだって上手だよ」

「……そう言う問題ではないのだよ」


そう、そこではない。

緑間が訊ねたかったのは、確かめたかったのはそこではないのだ。


「でも緑間くんもバスケの才能あるし、すぐ抜かれちゃいそうだね。それにピアノだって弾けちゃうし」


期待に満ちた曇りのない双眸に映る自分は、酷く情けない顔をしていたかもしれない。

それでも。


「何がいいんですか」


意を決したように、緑間は古びた椅子へ腰を下ろした。

案の定、遥からはきょとんとした反応が返ってくる。


「弾いてくれるの?」

「…目がそう訴えていたのだよ」


クラシックも聴いてみたいし、最近の曲だって───わくわくと喜びを隠さず傍へ駆け寄ってきた遥はそれこそ年下のように無邪気に思えた。

先程の彼のように、この薄い肩を引き寄せ腕の中に囲ってしまえば、胸に空いた隙間を埋めることが出来るかもしれない。

自嘲気味に鼻で笑ってから、緑間は目の前の鍵盤に指を滑らせた。




クイーン・スパイラル

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