見えない何かに密かに怯えながら、2人は長い長い石段を下っていった。
所々に踊り場はあるものの、急角度の階段はかなりの段数である。
半分程下りたところで、木々のざわめきが胸に抱えるものを駆り立てた。
「────遥っ!」
ぐらりと揺れた視界は途端に黒に染まる。
遥が詰めた息を大きく吐き出したとき、目に入ったのは 他校のジャージだった。
「大丈夫か?」
優しい色をした双眸が遥を見つめている。
ふと見れば、逞しい腕に抱え込まれている自分の頭上に続く石段。
照れて顔を赤くする前に、事態を察した遥の顔は真っ青になった。
どうやら数段落ちたらしい遥は、それはすっぽりと木吉の体に守られながら落ちたらしいのだ。
「ごめん鉄平…!大丈夫?怪我してない?」
下敷きとなっていた木吉の上から飛び退き、遥は落ち着かない様子で彼の体を調べ始めた。
刹那されるがままだった木吉だが、すぐにそれを制するように大きな手で彼女の頭を撫でる。
「ちょっと打っただけだよ。遥は怪我はないか?」
「………嘘」
遥にしては珍しく、確信を持って言い切られた二文字。
「私賢くないけど分かるよ。人ひとり庇って落ちたんだから」
たった数段とは言っても、人を庇い下敷きになって石の上に落ちたのだから、ちょっと打っただけで済むはずがない。
そう主張した遥だったが、肯定も否定もせず、木吉はけして認めはしなかった。
「オレは遥が無事ならそれでいいんだ。女の子に怪我はさせられない」
「男だったら怪我していいってわけじゃないよ」
何かを堪えるように口を結んだ遥に鋭く睨まれ眉を下げた木吉だったが、ふう、と息を吐き出すと優しく微笑む。
重い空気を裂くかの如く、2人の間を風が吹き抜けた。
天候の悪化を暗示するような湿った空気が、肌だけでなく心も撫でていく。
「そうだな。じゃあ言い直すよ。遥はオレにとって凄く大事な女の子なんだ。だから目の前で怪我なんかさせたくないし、泣かせたくない」
伸ばされた手が遥の頬に触れ、親指の腹が今にも溢れそうになっている目元を拭った。
はらはらと零れる雫は、学校指定のジャージに次から次へと吸い込まれていく。
「………鉄平のばか」
「遥バカだからな」
大きな怪我はないと言い張る木吉の手を引き、遥は時折涙を拭いながら帰路を進んでいった。
その絡んだ2人の手が離れたのは、遥の祖父母宅へ到着したときである。
そしてそこで木吉の服に隠れていた擦り傷や打撲が発覚し、遥が号泣、あの妙な距離感のある写真が撮影される、所謂罪悪期に突入したのだった。
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