『貴女は相変わらずのようだ』

「成長してないってこと?」

『…さあ』


からかうような言い回しに、遥は不満げに口を噤んだ。

後輩ではあるものの、彼───赤司征十郎はいつでも彼女より一枚も二枚も上手なのである。


「あ、そう言えばさっき征十郎にそっくりな人見かけたんだけど…」


雑踏を抜け出し、建物の前へと移動しながら遥は言った。

このタイミングでの彼からの着信なのだから、思った通り先程見かけた赤は彼だったのであろう。


『そのうち会えるでしょう』

「え、今東京にいるんじゃないの?」


何とも曖昧な返事に遥の手に力が入る。

目の前を絶えず流れていく人混み、辺りを包み込むざわめき。

だがその中でも赤司の声はまっすぐ遥の耳に届いていた。


『かくれんぼのようなものだ』

「かくれんぼ…?」


思いがけない単語の登場に、遥の頭上に"?"が浮かぶ。

かくれんぼ、とは、隠れている人を鬼が探すという、あのかくれんぼのことだろうか。


『貴女の場合、探すまでもないが』

「……?」


更に"?"が追加。


「どういう意味?」

「貴女の前では全てが無意味ということですよ、七瀬先輩」


耳元と背後、二重で届いた声に肩を跳ねさせた遥が振り返る前に、視界が真っ暗になってしまう。

大きな手で目元を覆われたのだと気付いた遥は、すぐさま手を伸ばした。

少し力を入れて訴えれば、あっさり剥がれていく手。

その持ち主は予想通りの人物だった。


「………!」


赤い髪と赤い瞳、凛とした容姿に気高いオーラ、どれをとっても非の打ち所がない彼の姿に遥は息を飲む。

そんな彼女の姿に満足したのか、赤司は目元を和らげた。


「………っ」


みるみるうちに、遥の目の前にある優しく綺麗な笑みが歪んでいく。

彼女自身、訳も分からぬまま瞳から零れ落ちる雫を拭うも、それは次から次へと溢れていた。


「何でだろ…」


震える声で言いながら、目元を拭い続ける遥。

その手を赤司の手が阻んだ。


「擦るのは良くない」


真剣な眼差しを向けつつそう言えば、触れるか触れないかのギリギリのラインで遥の目元を辿る。

冷たい指先が温かい雫と熱を奪っていった。


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