東京は狭いようで広い。

地図で見れば日本という島国の中でも小さい地域ではあるが、そのわりに人口は多いし、同じ場所にいても友人と遭遇する確率はけして高くはないはずだ。

互いが互いに溢れかえる人混みに紛れてしまい、出会うことは難しいのである。

しかし今日、遥はとある色に目を奪われていた。

東京都某所、休日らしくいつも以上に大勢の人が行き交う中、彼女の目に強く残ったのは、赤。

血の色や炎の色ではない、光り輝く宝石のような赤である。

あの鮮やかな赤い髪に、同じ鮮やかな赤い瞳を持つ人物に心当たりがあった遥は思わず人混みを掻き分け、その赤が消えていった方へと進んでいった。

あの色にあの背格好、そして垣間見えたあの整った顔立ち───京都に行ってしまったと聞く彼のものに違いない。


「征…っ」


名を呼ぼうと口を開くも、人波に覆い隠されてしまっては届いたとしても気付いてもらえないだろう。

遥の足が、地面に貼り付いてしまったかのように止まった。

追い掛けて声をかけて、その後どうするつもりだったのか。

久しぶり、元気にしてた?───そんな無難な言葉を伝えるつもりだったのか。


「!」


遥の思考も止まってしまおうとしたとき、カーディガンのポケットが動き出した。

マナーモードに設定した携帯が震えているのだろう。

しかもこの長さは着信ではないだろうかと、慌てて取り出した携帯のディスプレイを一目見て遥は目を瞠った。

動揺と期待で大きく脈打つ心臓。

こんなにも緊張するのは一体いつぶりだろうかと思う程、体には妙な力が入ってしまう。

どこかぎこちない仕草で通話ボタンを押した遥は、それを耳に押し当てた。


「……はい」


機械越しに心地好い響きを持つ声が返ってくる。


『お久しぶりです』


遥は嬉しげに綻び、相手には見えないにも関わらず大きく頷いた。


「うん、久しぶり」


口から出たのはやはりありきたりな文句だったが、機械の向こうからは小さな笑いが返ってくる。

それは本当に小さな溜め息程度のものであったが、遥は自分が笑われたのだと確信を持って訊ねた。


「今笑ったでしょ」

『…………』

「やっぱり」


返答はないものの、沈黙は肯定、電話の先の後輩の様子はお見通しである。

しかし遥が彼の反応をお見通しであると同時に、彼の方も遥のことはお見通しらしい。


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