少々驚いている様子の水戸部の心境は、おそらく複雑であろう。
が、結論に辿り着くのが早かったのか、数度瞬きを繰り返した彼はすぐさま表情を和らげた。
じゃあお母さんの目の届く範囲にいてくれる?───優しく細められた双眸から伝わってきたのは、真面目なイメージの強い彼にしては珍しく、茶目っ気が垣間見えるような言葉。
「結構凛ちゃんといるような気がするけど…」
クラスは違えど、毎日部活で会うし、と顎に手を添えて考えこむ遥の方へ水戸部は再度手を伸ばした。
差し出された手の先、形作られた指を数秒見つめた遥も同じように手を差し出す。
「指切りげんまん───」
絡めた小指を小さく揺らしてお決まりの歌を歌ってから手を離すと、水戸部は安心したように柔らかく微笑んだ。
とりあえず、多少心配の度合いは減っただろう。
「そう言えば、凛ちゃんも買い物?」
今更な話ではあるが、遥が訊ねると彼は肯定を示し頷く。
続いて、腕に下がる専門店の名前が記された紙袋を遥の方へ差し出してみせた。
「あ、それ3階の?」
またも首を縦に振る水戸部。
彼が見せた紙袋は、遥もよく知る手芸店のものだったのだ。
3階の一角を陣取るこの手芸店は質、量共になかなかの水準であり、文化祭などの行事の際大活躍する店なのである。
水戸部の場合、行事の有無に関わらずこの店を利用しているようだが。
「何か作るの?」
「…………」
白の糸が残り少なくなったから買いに来ただけ───と言う水戸部。
その後にやや言いにくそうに、目的の物は買えたから帰ろうと思ったら、七瀬さんを見つけて、と付け足した。
そして今に至ると言うわけである。
「…………」
七瀬さんの用事は終わった?───と聞き返され、遥は返事を躊躇った。
特にこれと言って用事があったわけではないため、何と言えばいいのか難しい。
正直に理由を話せば、僅かに目を瞠ってから水戸部は穏やかに口角を上げる。
「…………」
「…ありがとう」
真面目な人物という印象の強い水戸部に"似合っている"と言われたのだから、本当に似合っているのだと自惚れてしまうのもいいかもしれない。
「…………」
じゃあ、もう少しぶらついてから帰ろうか───友人からの提案に、遥は頷いた。
勿論この後、彼女が家の扉を潜るまで、遥は母のような優しさと思いやりの心を持つ彼の視界に居続けることとなるのである。
I can't take my eyes off you.
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