お気に入りの洋服屋で新しく服を買った。
自分好みの靴が安く手に入った。
そんなことが続けば、新しい服を身に付け新しい靴を履き、何処かへ出掛けたくなるものである。
普段はしない化粧もうっすら施して、買ったばかりの洋服と靴で着飾った遥は、1人ふらふらと休日を満喫していた。
財布に余裕はないが、心には大きな余裕があるようである。
「あの…すいません」
文具店や洋服屋、定番のスポーツ用品店やカフェなどが集まったショッピングモールの人混みに紛れて自分の時間を過ごしていると、ふと横から声がかかった。
歳は少し上だろうか、今時のお洒落な格好に身を包んだ男性は優しい面持ちで続ける。
「今何時か分かりますか?ケータイ忘れちゃって…」
「あ、はい」
鞄から素早く携帯を取り出した遥は、ディスプレイに表示されている時刻を告げた。
今のご時世、携帯を時計代わりに持ち歩くことはけして珍しくない。
「まだそんな時間か…ありがとうございます」
「いえいえ」
「あ、もし良かったら、この後ちょっと付き合ってもらえたりしないですか?」
爽やかな印象を与える笑顔を見せて礼を言った男性は、それはさり気なく、かつ下手に切り出した。
「先生の誕生日プレゼントを友達と一緒に選びに来たんですけど、まだ待ち合わせ時間には早くて…あ、女の先生なんですけど───」
少し恥ずかしそうに理由を話し出す彼は初々しげで、どこか応援したくなるような雰囲気を纏っている。
特にこれと言って用事もないし───と遥が揺れたとき、何かが肩に触れたのを感じた。
「?」
疑問符を浮かべた遥が振り返ると、そこにいたのは見慣れたチームメイト。
「凛ちゃん…」
名を呼ばれた彼は小さく頷いてみせると、目の前の見知らぬ男性に頭を下げてから遥の手を引いた。
つんのめるように歩き出した彼女は何も言えぬまま、大股に進んでいく仲間───水戸部の背を見つめるだけだ。
「……凛ちゃん」
少し開けた踊り場まで来たところで、水戸部は漸く足を止めて振り返る。
掴んでいた腕を離すと、いつものように落ち着かない様子で何かを伝えてきた。
遥には寡黙すぎる彼の声は聞こえない。
が、言いたいことはなんとなく理解しているつもりだ。
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