「変なのは入れてないっすよ。真ちゃん用に変わり種も用意してたけど」

「変わり種?」

「いやー、やっぱ鍋パやるなら用意しなきゃじゃないっすか」


白い湯気を放つ目の前の鍋は一般的な寄せ鍋であるが、本当ならこれが闇鍋の如く物珍しい鍋になっていたかもしれないらしい。

遥は与えられた自分の役が"ヤバい時のストッパー"ということを思い出した。

変な物を食べさせられた緑間は怒り出すだろうが、同時に、それを見越した高尾が逃げ切れないとも思えない。


「嫌いな物とかないっすよね?」

「うん……っていいよいいよ、自分の分とって」

「オレ相手に遠慮なんかいんないですって」


片手にお玉杓子、もう片手に取り皿を構えた高尾が、遥の分を手際よく取り分けていく。

現在至れり尽くせりで持て成されている遥は、礼を言い皿を受け取った。

満遍なくよそわれた具材は、どれもいい感じに煮えているようだ。


「ごめんね、全部高尾くんにしてもらっちゃって」

「いやいや、気にしないで下さい。むしろオレこそ、遥サンがセンパイっつーのは分かってるんすけど…妹いるんで、何かこう…」


自分の分を取り皿によそいながら、高尾にしては珍しく困ったように口ごもる。

彼が言わんとすることを察した遥は納得した様子で頷いた。


「ああ…お兄ちゃんっぽいよね」


この面倒見の良さは、普段から妹の世話をするいい兄ぶりが垣間見えている結果らしい。


「ま、これも役得っすよね」


払拭するように楽しげに笑って見せた高尾は、箸を持ち両手を合わせた。

遥も自身の胸の前で両手を合わせる。


「「いただきます」」


食事の前の挨拶をすませると、2人は嬉々として箸を伸ばした。


「切って突っ込んで煮込んだだけだけど…うまそー」


しっかり煮込まれ、味の染み込んだ具材を噛み締めれば口内に旨味が広がる。

満足するまで咀嚼し嚥下すると、体の底から温まっていくようだった。


「あったまるね」

「そっすね……って、良かったらもっとあったまります?」


そう言った高尾がいそいそと冷蔵庫から取り出したのは、赤く漬かった韓国の代表的な漬け物である。


「キムチ?」

「取り皿の方に入れたら、簡易キムチ鍋になりません?」

「なるほど…」


辛さも調整出来るしいいかもしれないと、2人揃ってキムチを入れたのはいいのだが───


「辛…っ」


遥は早々に飲み物を求めることとなった。


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