「出来たよ」
「……これ」
「ああ、大丈夫。店の人に話はつけてあるから」
首元に手を伸ばせば、体温より僅かに冷たい、固いものに触れる。
それが平たいプレートで、先程自分が眺めていたものと同じ種類のネックレスだということは、想像に容易い。
「…やっぱり」
近くの鏡に映してみれば、やはり英文が刻まれたあのプレートのついたネックレスに間違いなかった。
残念なのは、チェーンの長さの都合で英文を確認出来ず、鏡に映った反転英文を読み取ることも難しいという点である。
「…何て書いてあるの?」
しかも、店員に頼んで纏めてもらったのだろうが、下がるプレートは2枚。
「たいしたことじゃないよ」
助けを求め振り返って訊ねても、彼は誤魔化すように優しく微笑むだけだ。
「それ、オレからのプレゼント。気が向いたときにでもつけて」
「え?」
目を丸くした遥を隻眼で見下ろした氷室は、幾分低い位置にある彼女の頭を撫でる。
───が、戸惑う遥が礼を言う前に、何かを思い付いたらしい。
「……これも明日のテストの役に立つかな」
腰を屈め、遥の顔回りの髪を丁寧に掻き分け耳を露にすると、氷室は滑らかな音を吹き込んだ。
「Don't expect life to be fair.」
英語というのは分かる。
「The devil can cite Scripture for his purpose.」
しかし、思いがけない突発的なリスニングに耳も頭もついていけていない。
これが紙に書かれているものならば、まだ理解出来たのかもしれないが───。
「分かった?」
そう囁かれても、遥は緩く頭を振るしか出来なかった。
「……まだ時間はあるし、約束通り英語も教えるよ」
氷室は慰め促すように甘い響きでそう言うと、無邪気な笑みを見せながら遥の手を絡め取る。
そして脇目もふらずに店外へ。
「此処がよく来る雑貨屋なんだろ?」
「そうだよ」
麗らかな日差しを浴びつつ、氷室に手を引かれるまま遥は頷いた。
「じゃあハルカの家はこっちの方?」
「あ、うん。此処からなら10分ぐらいかな」
遥は再度頷く。
それを聞いて満足したのか、氷室は立ち止まると振り返った。
少し後ろを歩いていた彼女と視線を合わすため、身を屈めるのも忘れない。
「ハルカの部屋、見てみたいな」
「え…汚いよ?」
「汚いとか綺麗とかそうじゃなくて、普段ハルカが過ごしているところが気になるんだ」
片方しか確認出来ない眉が下がる。
遥はたじろいだ。
そんな彼女を見て、申し訳なさげに、だが真剣に様子を窺う氷室。
結局根負けした遥が了承することとなるのだが───昨日とは違った意味で大変な日になることを、このときの彼女はまだ知る由もないのである。
The devil can cite Scripture for his purpose.
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