「………道を訊かれただけなんだ。この辺りは詳しくないから断ったけどね」
アメリカ帰りで秋田在住の氷室にこの辺りを案内しろというのは、確かに難しい話である。
───おそらく、女性たちの目的はそれだけではないだろうが。
「ところで」
と、氷室は本題を切り出した。
悪戯に動く彼の指は、未だ遥の髪に絡んだままである。
「昨日アツシと会ったんだって?」
「そう言えば、辰也くんとはぐれたって───」
昨日の紫原の話では、氷室と此方に来たものの、いつの間にか彼の姿が見えなくなったため、近くに住む遥に連絡した、ということだった。
しかもその後はケーキ屋のメニュー制覇に夢中になったので、結局最後まで氷室と連絡は取っていなかったのだ。
「あの後散々自慢されたよ。ハルカとのデート」
冗談めかして言うと、氷室は遥の手を引き歩き始める。
先程からずっと彼に視線を送っている女性たちの前も、何事もなかったかのように通過した。
「辰也く……」
「だからオレともしてほしくて」
振り向き気味に至極優しく微笑んで頼む氷室に、遥は首を振るのを躊躇ってしまう。
別に彼との"デート"が嫌というわけではない。
正直なところ、明日のテストが不安なのだ。
「もしかしてテスト?」
「あ、うん…」
紫原から聞いていたのか、遥が明日からテストということを彼は知っているらしい。
「英語だろ?デートのお礼にオレが教えるよ」
アメリカ育ちの氷室の歩みは、裏路地に入り込み一段落するまで止まらなかった。
「……もういいかな」
意味深に呟いた氷室は遥の手を解放し、穏やかな表情で振り返る。
駅前の人混みが感じられない、やや薄暗く閑静な路地で向かい合う同い年の男女。
知り合いに見られると色々と厄介なことになりそうなシチュエーションだが、遥は昨日紫原と通った道だと、違うところに意識をやっていた。
「ハルカはこの辺りの人なんだろ?」
「…そうだけど」
用意周到、氷室は紫原から根掘り葉掘り遥の情報を聴取済みらしい。
「デート出来るようなところないよ?」
遥は妙に真面目な様子で付け足す。
地元民である彼女はそれなりにこの辺りに詳しいが、"男女のデート"に相応しい場所に心当たりはなかったのだ。
「構わないよ。ハルカの"普段"を───ハルカが普段見ている景色を見たいだけだから」
つまり、この近辺を案内するだけでいいのだろうか。
遥はとりあえず、彼の頼みを了承することにした。
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