「…………」

「…………」


会話が途切れた。

2人がこれ以上口を開かないようにするためか、雨音風音雷鳴全てが窓の外で喧しく騒いでいる。

だが雷鳴以外の音も絶え間なく耳に入ることにより、遥の雷鳴に対する苦手意識は薄くなってきたようだ。


「…遥?」


数分黙り込んだ後、腕の中の彼女が動いたのに気付いた伊月は、窓の外にやっていた視線を手前に引き戻す。


「…もう大丈夫な気がする」


未だ雷鳴は轟いているものの、雷雲は遠ざかったのか、それ以外の音の方が喧しいぐらいになっていた。

いくらビビり体質と言っても、この程度なら驚く必要もないだろう。

伊月から離れた遥は窓越しに空を見上げた。

そこを厚く覆う黒い雲、窓を叩く大粒の雨、勢い激しい風。

そして、少し遠くで聞こえる雷。

嵐自体はもう暫く続きそうだが、遥の心境は穏やかでいられそうだ。


「ちょっと遠くにいったみたいだね」

「もうすぐ電気も復旧するかもな。冷蔵庫大丈夫かな…」


と返しながら、伊月は薄暗い室内、窓からの明かりで僅かに白く光る友人の横顔に目を奪われていた。

大きく目を瞠ったり、気持ちを代弁するかのように眉を下げたり、何かを飲み込み耐えるために口を結んだりと、この友人はころころ表情を変えるのだが、その中でも一番多く見せるのが今の表情である。

とびきりの笑顔ではなく、自然な柔らかい表情。

嘘偽りない"いつも"の彼女。


「俊?」


伊月の視線に気付いた遥が口を開く。

それに引き寄せられるように、伊月は再度彼女に腕を伸ばした。

両手で頬を包み込めば、頭上に疑問符を浮かべながらも瞳を細め拒否の姿勢を見せない遥。

2人はクラスメイトかつチームメイト2年目、高校生活のほぼ全てを共にしている間柄だ。

信頼と信用が培われた上での親しい関係なために大したことではないと思っているのかもしれないが、彼女は些か無防備すぎるところがある。

それが自分だけではないと分かっているから、尚更。

喜びと不安の入り混じった贅沢な悩みを胸に、伊月は遥との距離を詰めた。


「…?」


端麗な彼の顔がゆっくり近付いてくる。

頬が捕らわれたままな遥はそれを見つめることしか出来ない。

本能的に遥は目を泳がせた。

彼女の視界から伊月が消える。


「……何されても知らないぞ」


外の嵐そっちのけで耳に届いたのは、いつも彼女を気にかけている彼からの優しい忠告。

狼狽えた遥の視界にはもう、彼しか映っていなかった。




嵐の日に荒らされたのは───


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