「……遥」
頭に乗った温かい手。
腰を捻って振り返ると、遥は縋るように手を伸ばした。
片手は指を絡めるように繋ぎ、もう片手は背中から後頭部に回して遥を受け止めた伊月は、彼女がこうなることが分かっていたようだ。
「やっぱり。雷苦手だったよな」
「雷が苦手って言うか…」
いつ来るか分からない大きな音が苦手───と弁明する前に、また雷鳴が轟いた。
温かい彼の胸元に顔を埋め、遥は肩を跳ねさせる。
雷が鳴る度に驚いていてはキリがない。
「結構近いな……ハッ、雷を鳴らすのは神なり」
不定期に鳴り続ける雷のせいで、伊月お決まりのダジャレは遥の耳に入っていなかった。
ちょうど雷雲がこの辺り上空にいるらしく、暗い灰色の空が白く光った直後になかなかの音量が轟いている。
「…………?」
木の一本や二本折れていてもおかしくはないと思わせる程の雷にいちいち反応している遥の頬に、冷たい雫が降ってきた。
「俊、髪乾かしてないの?」
「……一応乾かしたよ」
黒いまっすぐな髪に触れると、冷たくなった雫が腕を伝い落ちる。
これではとても乾かしたとは言えない。
「乾かさないと…」
体勢を立て直した遥は膝立ちになり、彼の首にかかるタオルの端で雫を拭い始めた。
伊月も彼女がやりやすいように、大人しく俯き気味に頭を差し出す。
「部員の体調管理もマネージャーの仕事、って?」
「それもそうだけど…」
部員だから、とか、マネージャーだから、とか、そういう括りでは表現出来ない何かを抱きながら、遥は手を動かし続けた。
時折雷のせいでびくつくものの、彼女はその行為に夢中らしい。
行き場のなくなった手を遥の腰辺りで組み、伊月は僅かに頬を緩める。
彼からすれば、ビビり体質な友人が気掛かりで、自分のことも程々に駆け付けた結果がこれなのだ。
健気な姿とでも言えばいいのか、見ていて思わず綻んでしまう。
「やっぱり髪ツヤツヤだね。綺麗」
「そうかな?」
薄暗いため目でしっかりとは確認出来ないが、伊月の髪が艶のある黒髪であることは遥もよく知っている。
多少強くタオルを扱っても、彼の髪は流れるように定位置に戻っていくし、何より触り心地がいい。
リコの父で誠凛の影の師匠・景虎に"キューティクルサラ男"と言われるのも納得である。
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