「まーいっか」


怠そうでかつ眠そうな紫の瞳は、いつもと変わらぬ角度で遥を見下ろしている。

興味が失せたのか、もう自己完結でいいらしい。


「仕方ないから、オレが近付いたげる。メンドイけど」


そう言って、紫原は少し離れた人混みに目を向ける。

いつの間にか現れていた警備員の必死な叫び声曰く、どうやら此処でゲリラライブが行われるとのことらしい。


「誰が来るんだろうね」


女性の比率が高い辺り、男性のアイドルグループだろうか。

乱れた髪を整えながら何気なく話題にした遥だったが、紫原の興味は全く別のところにあった。


「誰でもいーや。それより、早く行こ」

「何処に?」

「ケーキ屋」

「何処の?」


先程と同じく頭に疑問符を浮かべた2人は、顔を見合わせ首を傾げる。


「遥ちん知らないの?」

「お店の名前知らないの?」


氷室がいなくても、地元民の遥なら目的のケーキ屋を知っていると思っていた紫原。

紫原が場所を知らなくても、店の名前ぐらい知っているものだと思っていた遥。


「?」

「?」


このままでは埒があかない。


「敦の言うケーキ屋さんかは分からないけど、私が好きなケーキ屋さんでいい?それか辰也くんに連絡して…」

「遥ちんが好きなとこでいーよ。美味しいんでしょ?」

「うん。ショートケーキが一番人気だったと思う」


つまらなそうだった紫の瞳が、本日初めて期待の色を見せる。


「じゃあショートケーキとー、チョコケーキとー、チーズケーキとー、モンブランとー」

「全部食べるの?」

「美味しいんでしょ?」

「美味しいよ」


堂々巡りな会話を続けながら、2人は地元民だからこそ進んでいける、静かで薄暗い裏道へ向かい歩み出した。

背後では未だ、拡声器を通した警備員の辛口な注意が響いている。

集まった人々のざわめきも大きい。

しかしその騒がしさは、もうすっかりケーキ屋のことしか頭にない遥と紫原には届いていなかった。


「ねー、ケーキの他に何かないの?」

「シュークリームとかゼリーとか…プリンもあったかな」

「じゃあそれも」

「ほんとに全部食べるの?」

「ダメ?」


駄目と言うか何と言うか。

悪気が一切なく、言うならば常に本音で、ある意味本気な紫原のことを、遥は否定はしないし否定出来るはずもない。

彼はバスケ以外のことなら様々な意味で甘いが、彼女もバスケ以外のことなら様々な意味で甘いのだ。

良くも悪くも素直な紫原とのケーキ屋メニュー制覇が終わった土曜の夜、遥が満たされた腹を抱えながら必死にテスト勉強に打ち込んだということは、もはや言うまでもない話である。




もれなく甘口


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