「高…」


集う人々全員を見下ろすことが出来るベストポジションに、遥は感嘆の声を漏らす。

普段の彼女では到底味わえない景色だ。


「敦はいつもこんな景色見てるんだね」

「そーだよ」


未だ原因が分からない人混みを抜け出したところで、紫原は遥を下ろした。


「重かったでしょ」

「女ってすぐ体重気にするよね」


それが思春期の乙女心というやつなのだが、やはり男子には理解し辛い問題なのだろう。


「太いよりは細い方がいいかなって思うから」

「ふーん」


素っ気ない返事の後、紫の双眸が遥へと向けられる。

目だけで見下ろされると、身長差も相俟ってなかなかの威圧感だ。


「……遥ちん遠い」

「?」


目の前にいる紫原に遠いと言われてしまえば、他の一体何が近いになるんだ、という話である。

不機嫌そうに口元を引き結んだ彼は、おもむろに重心を落とししゃがみ込んだ。

先程まで遥を見下ろしていた瞳が、今度は彼女を見上げている。


「この方がまだマシ」

「私も首がちょっとマシかも」


紫原は暫し考える様子を見せると、軽く口を開いた。


「あー」

「あー?」


復唱しながら遥は目を瞬かす。

そして数秒悩んだ後、預かったままのお菓子一式から、開封済みのチップスを取り出した。


「もしかして、これ?」

「それー」


一枚抓んで口元へ差し出すと、紫原は躊躇うことなくそれを口内へ招き入れる。

餌付けのようなやり取りを繰り返すこと数回。

袋が空になったところで、紫原はゆるりと首を倒した。


「もっと大きかったら良かったのに」

「スーパーに徳用が売ってたと思うけど」

「?」

「?」


頭上に疑問符を浮かべ、2人は不思議そうに顔を見合わせる。

何やら噛み合っていないらしい。

紫原はゆっくり立ち上がると、遥の腕にかかるお菓子一式が入ったコンビニ袋を抜き取った。

それと共に高低が逆転し、普段の身長差に戻る。

背が高すぎる後輩は先輩を見下ろし、先輩は首を急角度に傾け後輩を見上げた。


「遠いとイロイロめんどいし」

「あ、私のこと?」


んー、とどこか納得のいっていない様子で唸ると、紫原は大きな手で遥の頭を撫でる。

温かいその手は優しく心地好い。


「でも、オレぐらい大きい遥ちんはキモイ」

「もう高2だし、伸びても後1cmぐらいじゃないかな」

「そーなの?」

「…多分」


スポーツをしている紫原や仲間たちはまだしも、女性で尚且つ特にスポーツもしていない遥は、年齢から考えておそらくこの先大きくなりにくいはずだ。


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