紫原の話を要約するとこうだ。

この土日、つまり今日明日と陽泉高校は行事の関係で部活が出来ず休みとなった。

だらだらと2日の休みを貪ろうとしていた紫原だったが、東京で"隠れた名店"と評判のケーキ屋に寄るという文句に釣られて、1つ年上のチームメイト・氷室と此方に出てきたのである。

しかし、紫原が駅前で半額セール中のドーナツ屋に目を奪われている隙に、隣にいたはずの氷室が消えてしまったのだ。

その目的のケーキ屋は氷室しか場所を知らないため、どうしようかと首を捻ったところ、あのメールを送信するに至ったらしい。


「遥ちんの家、この辺でしょ?」

「よく覚えてたね」

「中学の頃、皆で来たの思い出した」


そう言えば、と遥は少し前の記憶を思い起こす。

学年は違えど、遥と"キセキの世代"たちは仲が良かったため、共に出掛けることも少なくはなかった。

この辺りは少々大きめな商店街やデパートもあり、移動にも都合がいいということで何度か遊び場にしていたのだ。


「懐かしいね」

「うん」


さして興味がなさそうな声音ではあるが、その返事は早い。

と、そのとき、元々人通りの多かった周囲が更にごった返し始めた。

大半が女性のようであるが、10代〜70代と思しき幅広い層の女性の集団にカップルなどなど、相当な数だ。


「え?」

「何かあんの?」


どれだけ人に埋もれようと、遥が背の高い彼を見失うことはない。

だが満員電車もびっくりな程の人波に流された彼女は、足を取られ後輩からどんどん離れていってしまう。


「ハー…」


溜め息を吐いて面倒臭そうに顔を顰めてから、紫原は人々を物ともせず突き進んだ。

あっと言う間に追いつくと、遥の洋服をむんずと掴む。


「もー、しっかりしてよね」


はい、と紫原はお菓子一式を遥へ差し出した。

差し出されるまま袋を受け取ったものの、どうすればいいのかと彼を見上げれば、今度は大きな手が降ってくる。


「…!」


遥の体が地から離れた。

咄嗟に近くの首へ縋りつくと、長めの髪が頬を掠める。


「此処にいたらめんどくさそーだし」


よいしょ、とお菓子を抱えた遥を軽々腕に抱えた紫原は、人混みを縫うようにではなく、人混みなどないかのように進行方向へ突っ切った。

目立って仕方がない。

が、遥は周囲の視線を気にしている場合ではなかった。

紫原は身長2メートル以上という、恵まれた体躯の持ち主である。

その彼の腕に半ば座るように抱えられ首にしがみついている状態なため、視線がほぼ同じなのだ。


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