「リアル脱出ゲーム?」
「うん、おじさんが割引券もらったんだけど、『普段から実際の事件で名推理を披露しているのに、そんな子供騙しのゲームになんか行かない』って言ってボクにくれたんだ」


何故かコナン君に工藤邸に呼び出されたのが30分前。
小さな名探偵がテーブルに広げたのは、現在期間限定で開催されているリアル脱出ゲームのチケットだった。
空き地を丸々臨時のイベント会場にしているこの脱出ゲームは、何度かニュースにも取り上げられていたので私も知っている。
確か3人1組の参加者がシャーロック・ホームズと一緒に事件を推理していくストーリーになっていて、推理力だけでなくアクションもクリアしなければならず、未だ脱出者0を誇っていたはずだ。


「それで、昴さんと名前さんに一緒に行ってもらいたいなーって」
「確かに君も私もシャーロキアンですし、この手のゲームでよく問題になる音楽に精通した名前さんもいるなら心強いですね」
「どの口が言いますか…」


ただの小学生とは到底思えない知識と判断力を併せ持ち、運動神経も抜群のコナン君に手助けは不要に見えるし、沖矢さんは言わずもがな、ただの院生ではなく我らがFBIの凄腕捜査官。
戦力すぎる。
対する私は音楽に精通していると見せかけた一般人だ。
いや、一般人と言うには語弊があるかもしれないけど、兎にも角にも役に立てる要素はないように思われた。


しかし実際に脱出ゲームに参加してみると、意外と自分の知識や経験が役に立つことが多く驚かされる。
つまり脱出者0は名ばかりではなく、難易度が高いのは確かなようだ。


「次はアクションみたいですね」


このエリアでは、人質を取って逃走する犯人を、人質や一般市民を傷つけないよう注意しながら追い詰めるらしい。
用意されたモデルガンは1挺、単純にクリアするなら沖矢さんに任せるのがいいだろうけど、ここはガンシューティングとしてコナン君に頑張ってもらうべきか。


「では、今回は名前さんにお願いしましょうか」
「名前さん、ハンドガン得意だよね」
「……本気で言ってます?」


何故かモデルガンは私に託された。
沖矢さんはクスクス笑っているから面白半分、コナン君は私が銃を撃つところを見ているから単なる興味ってところね。
物凄く平たくして見せ場を作ってくれたと解釈するけど、出来れば違う形が良かった。








「ずっと思ってたんですけど、これ一般人にクリアさせる気あるんですかね」
「ないでしょうね」
「ないんじゃないかな」


アクションエリアに足を踏み入れて早数十分、やっぱりというか、2人からも同じ意見が返ってくる。
沖矢さんやコナン君に助けられながらひたすらモデルガンを撃っているわけだが、明らかに難しいのだ。
全然ダメージ入らないし、死角から撃ってくるし、人質ばかりフェイクで出してくるし、肝心のターゲットは隠れてばかりだしで埒が明かない。
勿論私の技術的な面も原因だろうけど、少なくとも本物の一般人よりは経験はあるつもりである。


「ヘッドショット決めれば一撃なんでしょうけど…」
「あの距離じゃ無理だよね」
「ハンドガン射程圏内ではありませんね。先程一瞬入ったようですが、それは向こうが仕掛ける時…」
「つまりカウンターのみってことですか」


今までの行動パターンから推測するに、隠れてばかりのターゲットが顔を晒すのは奇襲を仕掛けてくるときだけだ。
ただし人質を撃たせようと盾にするときもあるので、100%チャンスがあるというわけではない。
あまり時間をかけていれば人質が殺されてゲームオーバーだろうし、そろそろ此方が仕掛けなくては。


「多分次の次の攻撃がチャンスだね」


小学生らしからぬ観察眼でパターンを読み解くコナン君に、腕を組み何かを思案していた沖矢さんも賛成を示す。
2人の言う通り、すぐ犯人側の攻撃ターンは来たが、人質が顔を出しただけだった。
次に犯人側が仕掛けてきた時にヘッドショットを撃ち込めば勝ちだ。


「名前さんなら出来るよ」
「うん、ありがとう」


たかがゲームだというのに、勝敗が私に懸かっているかと思うと緊張してきた。
強張ったのが分かったのかコナン君が励ましてくれたが、小学生に励まされるFBIの図は本当に滑稽だし、そもそもやっぱりこの脱出ゲームクリアさせる気なさすぎるでしょ。
って言うかここで犯人射殺させるって…。


「10時の方向か…来るぞ」


口調が赤井さんに戻っているというツッコミを入れる間もなく、銃を構える。
チャンスは一瞬、せっかくだし、当然私も勝ちにいきたい。
漸くこのモデルガンも手に馴染んできたし、一応貴重な見せ場だ。


「時間切れだけはゴメンだわ」


演出用の小さな音と共に、モデルガンの弾───レーザーが額を撃ち抜いた。
狙った額ど真ん中に撃てているし、これで見せ場はOKだろう。
と、構えていたモデルガンを下ろそうとしたその時。


「名前さん!」
「名前!」


横から見知らぬ男が飛び出してきた。
その手には銃が握られており、矛先は私に向いている。
犯人の仲間がいたのか。
最後の最後にこんな展開なんて、本当にこのリアル脱出ゲーム、クリアさせる気ないでしょ。

反射的に再度モデルガンを構え直した私の手に、大きな手が被せられる。
誰のかなんて確認するまでもない。
温かくて、いつも甘えて背を預けてしまいそうになる彼が、後ろにいるのが分かっているからだ。
私なんかより遥かに銃の扱い、そして対人戦に長けたFBIきってのエース捜査官が。


「…これで終わりでしょうか」


私の手の上から素早く確実に、そして容易く引き金を引いた彼が淡々と言った。
恐るべき速さで去なされた犯人の仲間は、それこそ驚いている暇もなかっただろう。
私もコナン君と、口を開けたままポカンとしていただけである。


「ありがとうございます、沖矢さん」
「いえ、無事で何より。そもそもゲームとは言え、女性に人殺しをさせるべきではありませんでした」


面白がっていたくせにそんなことを言うなんて、本当にズルい人だ。
赤井さんなのか沖矢さんなのか、それにもよるんだろうけど。


「それから───名前さんと利き手が同じで良かった」
「…スレスレですからね、もう」


この後全エリア中最高難易度であるアクションエリアから出ると、私達は大勢のスタッフさんに囲まれて、脱出者第一号として祝われることになるわけだが…出来ればもうリアル脱出ゲームには参加したくないと思う。
いろんな意味でこりごりだ。
いろんな意味で。


  return  

[1/1]
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -