季節が季節だからか、体調を崩す部員が増えてきた。

バスケ部の面々は勿論日頃から体を鍛え注意を払っているのだが、何せあちこちのクラスでゲホゲホズルズルやっているのだ。

勝ち抜けという方が難しい話なのである。


「………んっ、けほっ」

「あら名前、もしかして風邪もらっちゃった?」

「どうだろ…急に喉がイガイガして…」

「Aってインフルの奴いたっけ?」

「いや、生牡蠣食べた奴が多分ノロで休んでるぐらい」


同じクラスの伊月が言う通り、2─Aはノロと思しき生徒が休んでいる以外皆出席はしているのだが、咳をしていたりダルそうだったりと、体調不良者は多い。

寒暖差や乾燥も手伝って、これから被害は拡大するだろう。


「のど飴取ってくるよ」

「待って鉄平、私も行く」


その方面の知識やグッズに富んでいる木吉と共に、名前は練習を抜けて部室へと向かった。

練習中の今、この部屋には誰もいない。

邪魔するものが何もない部室を進み、自身の荷物を探し出す木吉を横目に、名前は喉の違和感と戦いながら練習プランに思考を飛ばしていた。

今日は体調が悪そうなメンバーが多いので、ゲームではなく基礎的な復習や調整がメインのため、第3者として見る立場が必要不可欠。

これぐらいで帰るわけにはいかないが、本格的に悪化するようなら部員達に移す前に静養が好ましいだろう。


「お、あったあった」

「ありがとう」


何の変哲もない市販ののど飴だが、舐めないよりはマシだ。

礼を言ってから受け取ったそれを口に含めば、途端に独特の味が広がり、喉へと染み渡っていく。


「熱はなさそうだな」


木吉の大きな掌が頬に寄せられ、それにすっぽり包まれてしまった名前はコクリと頷いた。

少しぼんやりする程度で熱っぽさや体のダルさはないが、これからそれらの症状が出てくるかもしれない。


「………!」


突如端正な男らしい顔が近付いてきたかと思うと、掠めとるようにかさついた唇が触れ合った。

驚いて身を捩った名前の退路を断つ木吉は、柔らかく微笑んでみせる。


「…移っちゃう」

「移せばいいって言うだろ」

「言うけどダメ」


学生生活全てを賭けるバスケ部員と、それを一番近くで支えるマネージャー。

どちらかが欠けても成り立たない関係だと分かっているからこそ、少々論点がずれていようが互いに引くことはない。


「2人で分ければ、症状が軽くてすぐに治るかもしれないだろ?」

「それでもダメ。これ以上は怒るから」


名前との付き合いが長い木吉は彼女が本気でそう言っているのは分かっていたが、仲間達が練習に勤しんでいる中、誰もいない部室で2人きり。

彼と同じぐらい頑固な彼女を丸め込むには打ってつけだった。


「じゃあ移らなければいいんだよな?」

「ん……っ」


丸い頭をあやすように撫で、再度唇を重ねる。

華奢な体をロッカーに押し付け、簡単に逃げ出せないよう足の間に膝を割り込ませるのも忘れない。

先程より明らかに長い口付けに名前は彼のシャツを掴んで抗議をするも、容易く開かされた隙間から深い口付けに移行されてしまい、あっと言う間に思考は奪い取られてしまった。


「っ、てっぺ…」

「ん?どうした?」


熱に浮かされたように潤んだ瞳に、優しくも男らしい端正な顔が写り込む。

雄を見せるそれがまた視界から消えると、からん、とのど飴が歯にぶつかる音が響いた。

しかし2人で溶かし合えば、それもすぐ聞こえなくなってしまう。


「………ダメって言ったのに」

「ごめんごめん」

「移ったら本当に怒るから」


秘め事が終わり、名前は新しいのど飴を舐めながら口を尖らせる。

木吉が自分を気にかけてくれているのは分かっているし、優しいキスだって愛されているんだと伝わってくるから拒めるはずもない。

だがマネージャーとして、大事な選手に風邪を移すなど言語道断だ。


「名前、しんどくなったら無理せずに言えよ」

「…………うん」

「次は治ってからな」

「…………うん?」


その後、体育館に戻るとリコに「遅い」と咎められた2人だったが、木吉はいつも通り飄々と笑って躱すだけだった。


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