『鳥籠のお姫様』と揶揄されようが、名前は連邦捜査局の一員として様々な場面に出会していたし、それでなくても普通とは言い難い経験をしてきた。
死に直面したこともあれば、現在も巨大な組織との戦いに身を投じている。
そんなある意味経験豊富な彼女は今、途轍もない胸の高鳴りと戦っていた。

サイズぴったりで繕われたパーティードレスは触り心地が良く、女性らしいラインがさり気なく強調されたアイボリーのマーメイド型のものだ。
それに見合うよう施されたヘアメイクは、今日のために雇われたという世界的に有名なヘアメイクアーティストの手によるものである。
明らかに物理的にも桁違いな外見で塗り固められた奥、血液を体全体に送り届けている心臓はかれこれ数時間、自己ベストを更新し続けていた。
そう、目の前にある、透明な宝石が埋め込まれたバイオリンのせいで。


「いつかこうなる気はしてたけど…」


世界でたった4本の幻の楽器───幻想楽器(イリュージョン・ストリングス)。
演奏者の心情や演奏する曲によって、その色が変わる宝石が特徴の弦楽器4本のことだ。
バイオリン・ビオラ・チェロ・コントラバスの下部に嵌め込まれた無色透明の石が様々な色に変化するのだが、これがかの有名なビッグジュエルだと言うのである。
元々1つだったジュエルが4つに割られて埋め込まれており、その鮮やかさは演奏者の心や技術に左右され、扱いが難しいだけでなくそもそも数奇な楽器故公に出ることは少ない、まさに幻の楽器だった。

それら4本を、豊富な資産と交友関係から集めることに成功した鈴木次郎吉は、潰れかけていた多目的ホールを買い取り、全面改装を施した上でその4本の演奏会のための音楽ホールを作ってしまったのだ。
そして世界で活躍する選りすぐりの演奏家を招き、例の如く怪盗キッドにも宣戦布告を突き付ける───。
整えられた舞台に、他国の警察機関所属の名前がいる理由はただ1つ。
幻の弦楽器四重奏で、コンサート・ミストレスをするためだ。


「どう考えてもレベルが違うし、周りがどれだけカバーしてくれるか、よね」


本番前の最終リハーサルのために手渡されたバイオリンを胸に、名前は何度目か分からない溜め息を吐いた。
『フリーの演奏家で、普段は海外を拠点にソロで活動している姪の友人』だと次郎吉より説明された他のプロの演奏家3人が、揃いも揃って彼女に好意的だったことがせめてもの救いである。
だが、「自分達が合わせるからいつも通り好きに演奏してくれれば良い」といくら言われようとも、最低限のレベルでなければ素性を疑われかねない。
そのため自主練だけでなく音楽教室にも足繁く通い、何とか今日この日を迎えることが出来たのだ。
もはや本職そっちのけである。

上手くやらなければ園子にも迷惑をかけるかもしれないし、責任は重大。
更に何かと絡むことの多い怪盗キッドまで来るとなれば───名前はパンクしそうな頭を押さえながらホールへと向かった。


「この最後のrit、意外とズレやすいですよね」
「その前のスケール滑ったからじゃない?まぁトチったの私なんだけど」
「宝石の重さのせいか知らないが、やり辛いな正直」
「や、楽器だけじゃなくてホールも───」


摩訶不思議な宝石が埋め込まれた楽器はプロの演奏家の手にも馴染みにくいらしく、技術や経験はもちろんのこと、初見演奏やアドリブにも強い彼ら彼女らもしっくりきていないようだ。
当然名前も違和感を覚えているが、最終リハーサルの見学に来ている知人達の手前、ボロを出さないよう極力だんまりを決め込んでいる。
勉強したと言えど、専門的なことを突っ込まれたら終わりだからだ。


「にしても、名前さん本当に楽団に所属していたことないんですか?」
「え、ええ…あくまで趣味というか、フリーで好きにやってただけだから」


チェロを担当する江口千尋は20代前半の若い男だ。
今回の演奏家の中で最年少だが、幼い頃から神童として名を馳せた天才で、楽器を持てば雰囲気が一変するタイプの男性である。
その可愛らしい容姿からファンも多く、クラシックを好む蘭はもちろん園子も彼のことを知っていたため白羽の矢が立つこととなった。


「コンミスにしては表現力が乏しいけど、正直もっとダメと思ってたわ。野良修行も悪くはないみたいね」
「予想は超えられたみたいで良かったです」


ビオラの才尾ララはプライドが高く気がキツそうな美人だが、それに伴う高い技術も備えた女性だ。
名前と歳も変わらないぐらいだからか実力差を案ずる一方で、普段と違う幻のビオラの影響を一番受けている人物でもあった。
超絶技巧と呼ばれる実力者にしては、単純なミスが多いのである。


「我々のように然るべき学校を出て先生に教えを請い、楽団で世界を飛び回るというのはもう古いのかもな」


ゴードン・ランスはこの中で最年長で、他の3人の親世代程の大ベテラン。
世界各国の有名アーティストのバックで演奏することもあり、名前ですら顔を知っているコントラバス奏者だ。
白髪混じりの髪を前から撫でつけながら流暢な日本語を話しているが、それは長年連れ添っている妻が日本人だからである。


「みんな充分上手だし素晴らしい演奏だったと思ったけど…プロからすれば違うんだね」


観客席でリハーサルを見学していた蘭がそう言うと、コナンが頷く前に逆隣にいた園子が口を開いた。


「ここのホール、今日のこの四重奏用に音の跳ね返りとかも計算して作ったみたいだから、舞台慣れしてればしてる程やりにくいのかも」
「今は客席も空いてるから、聞こえ方も違うんだよね」
「ジュエルの色がよく見えるようモニターもついておるから安心せい!」


次郎吉の言う通り、舞台の両サイドには大きなモニターが取り付けられており、演奏家達の手元をアップで見ることが出来るようになっている。
舞台前にいる今日のために呼ばれたカメラマンの撮影した映像とリンクしているらしく、今は名前が膝の上に置いたバイオリンが映し出されていた。
一見、透明な宝石が埋まっているだけの普通のバイオリンだ。
自身もバイオリンを嗜むコナンからすれば、見慣れた楽器でかつ見慣れない楽器だが、何がどう作用して色が変化するのかは疑問だった。
宝石以外は、サイズや厚みなども他と変わりのないバイオリンに見える。

しかしそれは、あくまで第三者が見ただけの感想だ。
手に馴染まない楽器に反響の仕方が異なるホール。
何度も演奏している楽曲がいつも通り弾けず、初対面のメンバーとも呼吸が合わない。
一般人からすればどこがずれているのかも分からないが、プロ意識の高い3人は唯一のアマチュアである名前中心に限られた時間で違和感を摺り合わせていく。


「ごめんなさい、次郎吉さん。4人だけで最終調整したくて───」
「これより先は本番でのお楽しみということじゃな!」


演奏家達の申し出に理解を示した次郎吉が他の3人に席を立つよう促し、観客4人との最終リハーサルは終了した。

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