バスケ部に休みはない。
学生として勉学に励み、その合間に練習に励み、昼も夜も平日も休日も大忙しである。
そのため今日のように突然部活が休みになってしまっても、皆結局集まって自主練に明け暮れるのが通常だった。
が、何だかんだでいつもの公園やストバスに集まる部員達の中に、伊月と名前の姿がない。
誠凛きっての努力家である2人が自主練に参加しないことは驚きではあるが、自主練は自主練、参加は自由だ。
普段2人がそれは真面目に部活に取り組んでいるのも、また部員達全員周知の事実でもある。
だから疑問はあれど、咎める者など誰1人いなかった。
「あれ?」
「え?」
小金井がふと声を上げると、皆の視線が彼の視線の先へと向けられる。
そこにいたのは間違いなく、伊月と名前のクラスも委員も部活も同じコンビだ。
仲睦まじく寄り添って歩く2人は、自主練中の部員達に気付くことなく過ぎ去っていく。
時折伊月が名前の肩を抱き寄せたり腕を引いたりするのは、恐らく名前の足元が危なっかしいからだろう。
端から見れば、完全にただの恋人同士のデート風景だ。
「…………泣きたい」
「練習…練習しよう練習」
誰からともなく呟けば、各々自主練へと戻っていった。
「名前」
「あ、ごめん」
「だから前見ろって。危ないだろ」
「俊が見てくれるからいいかなって」
「いや、良くないから」
もう何度目か分からないやり取りに、伊月は肩を落とす。
友人のためと張り切る名前のサポートを買って出たのは自分だが、想像以上に危なっかしく見ていられない展開が続いていたのだ。
鷲の目で視野が広い彼だからこそ、余計に。
「あ、何かこれも佐藤ちゃんっぽい」
突然道端で足を止めた名前がスマートフォンを掲げ、さくさくシャッターを切っていく。
溜め息混じりに周りの状況を確認する伊月の隣で、彼女は県外に転校してしまう友人のための材料集めに奮闘していた。
この街を、学校を、友人達を忘れないよう、写真としてそれらを切り取りアルバムにしようと言い出したのは名前ではなかったが、クラスメート達からの「名前なら何かいい感じの雰囲気の写真撮れそう」の一言でカメラ係に任命されてから、漸く満足に動ける日が来たのだ。
天気もよく、絶好の撮影日和である。
「次は何処行く?」
「皆の写真は後回しだし、佐藤ちゃんが好きなペットショップは行ったし……」
ふと言葉を切った名前の視線の先を伊月が追えば、中学校のグラウンドで子供達がキャーキャー騒ぎながらバスケをしていた。
男女混合で、年齢も小学生ぐらいから大学生ぐらいまで幅広くおり、どうやら地域の子供会のイベントのようだ。
練習がなくても、友人のアルバム作りの材料集めの最中でも、やはり2人が目を奪われるのはバスケットボール。
「仲間に入れてって言ったら入れてくれるかな。いい練習になりそう」
「かもしれないけど…今はいいや」
そう言った伊月が歩き出す。
手を引かれた名前も、自然とそれについていくことになった。
「名前とデート中だし」
「もう、そんなこと言ったら俊のファンに怒られちゃう。この間も告白されてたよね?」
「え、誰から聞いた?」
「聞いてないよ。見ただけ」
「じゃあオレの返事も知ってるんだ?」
「さすがに私もずっと見てるわけじゃないから」
伊月がモテるのは周知の事実。
たまたまその場面を目撃してしまった名前は、2人のためにもすぐさまその場を後にしている。
が、伊月からすればいっそ聞いてくれている方が良かったかもしれない。
縮まらない、縮められないこの距離を0に出来るかもしれないから。
「もう写真いいならどうする?」
「んー…俊はまだ時間大丈夫?」
「ああ。映画でも観てご飯でも行く?」
「私あれ観たい!」
「あー、Pが出てるやつか。名前あのドラマ好きだったもんな」
名前が急に立ち止まったせいで、腕を引かれることになった伊月の歩みも止まる。
その腕に細い腕を絡め直した名前が、目の前にスマホを翳す。
「アルバム作成委員の写真忘れてた」
「急だな」
「今思い出したの」
クラスメート達からしてもすっかり見慣れてしまったツーショットが、写真一覧に追加された。
友人のために撮り溜めたそれらを見、「よし」と満足げに頷いた名前の手からスマホが抜き取られる。
「俊…?」
疑問符を浮かべる彼女の目の前に、伊月の整った顔が迫った。
触れ合う程距離は縮まるが、互いに互いを見つめたまま、瞼を下ろすことはない。
「……俊ってば」
───カシャッ。
「え?」
フッと笑ったかと思うと、彼は静かに離れていく。
その手には名前のスマホがあり、彼の斜め後ろから撮られた、まるでキスをしているかのような写真が表示されていた。
2人の顔は判別出来る程写っておらず、盗撮のようにも見える。
「週刊誌みたい…」
「ベストショットだな」
「やっぱり俊のファンに怒られちゃう」
「なら、俺は名前のファンに怒られるよ」
「え、私のファンっているの?」
「自分がどれだけ有名か、そろそろ自覚しような」
肩を並べ寄り添う2人は、映画と食事のために歩き始める。
その光景はある意味十分スクープだが、付き合ってもいないただの友人同士のやり取りだと言って、一体何人が信じるだろうか───。
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