「いらっしゃいませー!」


明るい看板娘の声を受けながら、店内に足を進める。
少し緊張した面持ちの彼と席につけば、すぐに注文を聞きに来てくれた。


「お久しぶりですね、名前さん。ご注文何にされますか?」
「お久しぶりです、梓さん。私はアイスコーヒーで」
「あ、じゃあ俺も同じの」
「かしこまりました」


梓さんを見送ってから彼を見やれば、ただでさえ緊張しているみたいだったのに、周りが女子高生ばかりだからか余計居心地が悪そうだ。
今日は特製ケーキもあるみたいだし、話題のイケメン店員がいるからだろう。


「ごめんね、田中君。違うお店の方が良かった?」
「いえ!定期拾ってもらったお礼にお茶奢らせてほしいって言ったの俺なんで。まぁ、普通の喫茶店なのに客が女の子ばっかだなとは思いましたけど」
「そうだよね…イケメン店員がいるから女子高生が多いとは聞いてたんだけど、私もこれほどとは思ってなかった」


私達の後方にあるカウンターで仕事をしながら女子高生達ににこやかな笑みを返す安室さんは、まさに理想のイケメン店員である。
さりげなく追加の注文まで受けているみたいだし、本当に器用な人だ。


「やっぱり名字さんも、あんなイケメンいいなって思いますか?」


あんなイケメン───安室さんは確かに整った容姿をしている。
性格も穏やかで優しくて、頭も切れるから頼りにもなる。
が、それ以外の『安室透』で言うなら、アラサーでバイトしながら探偵助手をしている私立探偵、つまり定職にもつかず何故か車や衣服など金回りは悪くないという少々怪しい人物、に見えなくもない。
だからこそ、年上の素敵なお兄さんに憧れる女子高生から絶大な人気を得ているのではないだろうか。
勿論これら全て、本来の姿を隠すためのカモフラージュではあるけれど。


「確かにイケメンだと思うけど、見てるだけでいいかな」
「え、そうなんですか?」
「うん、アイドル感覚っていうか。恋人もいるだろうしね」
「モテそうですもんね。いいなぁ選り取り見取り」


そう言いながら運ばれてきたアイスコーヒーに口をつける田中君も、私の感覚ではモテそうなタイプだ。
駅で落とし物の定期を駅員に渡そうとしたところ、持ち主である彼がやってきたことで知り合っただけではあるが、見た目はスポーツをしていそうな爽やかな大学生だし、お礼にお茶を奢らせてほしいという心遣いに彼の性格が現れている。
まさに好青年。


「生憎、僕にお付き合いしている方はいないですよ。名前さんがそうなってくれればいいと何度も思いましたが」
「安室さん!」


いつの間にカウンターから出てきていたのか、私達の隣のテーブルを片付けながら安室さんが言った。
田中君が体を強ばらせたのが分かる。


「ところで、僕というものがありながら浮気ですか?」
「違います。田中君は今日知り合ったばかりの知人ですし、安室さんとも何もないじゃないですか」
「手強いなぁ」


からかっているだけなのは分かっているけど、ここはきっちり否定しておくべきだろう。
梓さんは慣れたものだろうが、店内にいる女子高生達には『安室透は独身フリーなイケメン店員』だと夢を見ていてもらう方がいい。
売り上げ的な意味だけではなく、本当に色々な意味で。


「名前さんを落としたいなら、ライバル大勢を蹴散らす力が必要ですから、覚悟して下さいね」
「は、はいっ…!」


ビクビクと姿勢を正した田中君にそう忠告してみせた後、安室さんは私を見てふわりと微笑んだ。
その笑みは女性客を虜にする営業スマイルのように見えたけど、空いた利き腕が動き、彼の薄い唇をなぞったことで雰囲気が一転する。


「………っ」


それはほんの一瞬、彼の細長い指先が彼自身の唇を辿っただけだというのに、酷く挑戦的な青に見下ろされている私の脳裏に刺さる光景だった。
獰猛な肉食獣が獲物を前に宣戦布告し、これからの末路を暗示しているような、それでいて何処か扇情的なのは、彼が男として挑発しているからなのだろう。
身動きの取れない刹那の邂逅は、私の思考を乱すには十分すぎたようだ。


「俺、勉強もバイトも頑張るし、皆に尊敬されるような奴になれるよう努力します。だから…その…また俺と会ってもらえますか?」
「……うん、勿論」
「ありがとうございます!」


見目麗しく性格面にも非の打ち所のない店員が、得体の知れない金縛りから解放され我に返った私と、決意新たな男子学生を見ながらほくそ笑んでいたなんて、この時の私達が気付けるはずもなかった。

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