キッド逮捕に熱意を燃やす中森警部は、最終リハーサルを終えたホール内を隈無く調べ始めた。
会場は広々とした舞台に、それに面するように備えられた3階席まである観客席と、何の変哲もないよくあるホールだ。
木目調の弧を描く壁、厚みがありゆったりと腰掛けることが出来る椅子が落ち着いた空間を演出している。
遥か頭上にあるシャンデリアは豪華なものだが、演奏や色彩の変化を邪魔しないよう明るさも調整されていた。
所々派手ではあるものの、出来たばかりの、ただの真新しい音楽ホールに違いない。

相手は神出鬼没の怪盗で、もう何度もしてやられている宿命の相手である。
人なんて入れるはずのない座席の下やステージ裏、楽屋一帯も自らの手で調べると、最後に演奏家4人の行動を制限した。
開場までの後1時間、楽屋とお手洗い以外の行き来を禁じたのだ。
誰かに化けて中に入りこんでおり、もう手遅れかもしれない───そんな不安はあるが、少なくとも中森の目に留まる怪しい人影や仕掛けは見当たらなかったようだ。


「おい、今日のスタッフは何人だ」
「スタッフ自体は名字名前以外の演奏家3人の各マネージャーとヘアメイク、スタイリスト、モニター用のカメラマン1人ぐらいです。あとは主催者の鈴木次郎吉、姪の鈴木園子、その友人の毛利蘭と江戸川コナン。そして鈴木次郎吉に選ばれた観客が88人になります」
「キッドがそのどれに化けても不思議じゃない…特に受付は手を抜くんじゃないぞ!」
「はい!」
「それから2階席3階席は確認出来次第封鎖だ!」


老若男女問わず意図も容易く変装し、あっさりと欺いてしまう怪盗キッドの恐ろしさは中森や部下もよく知るところである。
何かあるとすれば演奏本番のお披露目中。
だが今回の宝石は4つの楽器に分散しているので、もし楽器ごと盗むのなら相当手間がかかるはずだ。
つまり、その4つを一気に運ぶ仕掛けがもうされているかもしれない。
舞台はこの日のために全面改装された音楽ホール、この改装時に工事担当者として紛れ込んでいたとしたら完全に後手である。
何が何でも現行犯逮捕が必要なのだ。








「あ、名前さん!」
「園子ちゃん、蘭ちゃん、コナン君」
「すっごく綺麗です!」
「ありがとう。プロって凄いね」
「何だか不安そうだけど、やっぱり心配?」


極僅かな関係者以外立ち入りを禁じられている楽屋前、心以外準備万端の名前は楽器片手に眉を下げてみせる。
コナンの指摘通りキッドを警戒しているのか、それとも偽物としての技術力が不安すぎるのか、顔色は良くない。
小さな名探偵が知る限り、あのキザな怪盗は刺激的な初対面を果たしたバイオリン奏者に何か特別な感情を抱いている。
本人達が口にしないので想像の域は出ないが、もしかすると名前の正体も知っているのかもしれない。


「リハーサルでは2曲しか聴けなかったけど、本番ではもっと演奏するんですよね?」
「うん。ちゃんと用意してあるよ」
「ジュエルが何色になるか楽しみ〜!」


本当に、楽器に埋め込まれた宝石が演奏者の心境に合わせて色を変えるなら───名前はそっとその無色の塊を撫でた。
熱くも冷たくもない無機質なそれは、確かにリハーサル中にその彩りを変えていたようだ。
演奏曲はバロック時代の授業などでも馴染みあるクラシック曲から近現代のものまで、洋楽や映画BGMのアレンジも予定されている。
調や雰囲気は全く異なる楽曲だから、観客にさぞ感動を齎してくれるだろう。








そしていよいよ、覚悟を決める間もほとんどないまま、鬩ぎ合う何かを腹の奥深くに飲み込んだ名前達の前で幕は上がった。


「今日はよく来てくれた!中継もしておるが───」


次郎吉による雄弁な挨拶の後、舞台に上がったカルテットは落ち着いた様子で観客に礼をすると、サッと目配せしてから立ち位置で楽器を構える。
バイオリンの名前に合わせて一音が奏でられた瞬間、無色透明な宝石が色づき始めた。
観客席がざわめき、中継で繋がる視聴者にもそれが確認出来たその時、フッと辺りが闇に包まれる。


「キャーッ!」
「落ち着け!何事だ!?」


窓なんてない完全室内ホールは真っ暗で、悲鳴や驚きの声が響くことでより観客たちの恐怖を煽る結果となっていた。
何も見えない中で移動するのは危険だが、皆我先にと手探りで出口へと駆け出す。

そんな中、突如美しいバイオリンソロが聞こえたかと思うと、誰もいない2階席をスポットライトが射抜いた。
照らされたライトの下には、アイボリーのドレスの細かいラメを夜空に浮かぶ星のように光り輝かせながら楽器を奏でる名前の姿。
誰もがその演奏に目を奪われていると、ポン、と音を立てて煙幕が名前を包み、そして───


「怪盗キッドだ!!」


───全身を白で統一した、月下の奇術師・怪盗キッドが現れたのだった。


「これはこれは、今宵は素晴らしいコンサートにお招き下さりありがとうございました」
「来よったかキッド!」


恭しく頭を垂れた彼の手には、組み合わされた1つの大きな宝石が。
それに気付いた面々が舞台に目をやれば、スポットライトの目映さも手伝って、漸く演奏家3人がぐったりと倒れ込んでいる姿が見て取れる。
楽器も近くに落ちているが、埋め込まれていたビッグジュエルの欠片は抜き去られているのだろう。


「私は美しい音楽も好みですので、これはお返しすることにしましょう。演奏者の心や楽曲に合わせて色を変えるなんて、まさに幻想楽器にあるべき宝石でしょうし」
「例え宝石を返したとしても、大人しく署まで来てもらうぞ!」
「それは出来かねます、中森警部」


キッドが宝石の代わりに陰に隠れていたものを横抱きに抱えてみせると、中森は「はぁ!?」と素っ頓狂な声を上げた。
同じセリフを思わず叫んだコナンの横では、蘭が驚き、園子が「羨ましい〜!」と頬を赤く染めながら体を捩っている。
そう、彼に横抱きにされているのは、今回変装の対象になったバイオリン奏者・名前だったのだ。
意識を失いぐったりとしている彼女のドレスもアイボリーで色彩が似通っているせいか、差し詰めウエディングのような神々しさである。


「今日姿をお借りしたこの眠り姫に、謝罪代わりの夜のデートを申し込まなければならないので…」
「待てキッド!」


このままでは名前を出しに逃げられてしまう。
そう確信したコナンが狭い座席をすり抜けてキッドを追おうとするも、例の如く、彼は2階席から颯爽と姿を消してしまったのだった。


「ハングライダーを追え!人質を取られていることを忘れるな!」
「うぬぅ…人質とは小癪な…!」
「いや、キッドは…」


明かりが元に戻り、中森たち警察官や警備員がキッドを追う中、キッドキラーと名高い小さな名探偵だけは踵を返す。
キッドは人質を取って屋外にいるのではない。
人質と話をするために、まだ中にいる───。


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