「あーららぁ、まーじめだねぇ」
「油売ってる暇はねーぞ」
「はいはい、分かってるって」
何だか辺りが騒がしい。
ゆっくりと目を開ければ、自分が自習室でレポートの上に突っ伏して寝ていたのだと分かる。
今何時だろ───って誰!?
「!?」
見覚えのない男性が、後ろから私のレポートを覗き込んでいた。
状況が理解出来ない。
全身黒タイツ姿で見るからに怪しい男は、私を見ると歯を見せて笑った。
「あら美人さん。美人で真面目とか、お兄さんドキドキしちゃう」
「はぁ…」
怪しい。
怪しすぎる。
軽い口説き文句はいいとして、何で図書館にこんな全身黒タイツの男がいるのか。
「今時の大学生は立派だねぇ」
手足が長く、背も高くて細身。
猿顔で、「お兄さん」とか「今時の大学生は」とか言ってるから、私よりいくつも年上なんだろうけど…
「おいルパン、何やってんだ………って起きちまったのか」
「ルパン…!?」
もう1人、同じく全身黒タイツの髭の男が発した名前にはっと息を飲む。
すると猿顔の男は、また嬉しそうに笑った。
「そ、この俺が世間を騒がせてるルパン三世!この学校の生徒なら聞き覚えあるよな?」
「聞き覚えがあるも何も、そのせいで私は図書館に───」
そうだ。
私はルパン三世の騒ぎのせいで、今日急いで図書館に来たんだ。
立ち上がって辺りを見回すが、フロアに人影はなかった。
元々奥まった自習エリアだから人の行き交いは少なかったけど、もしかして私が寝ている間に帰宅指示があった?
いや、それなら閉館の時に司書さんか警備員さんが普通見回りするよね?
って言うか、予告明日じゃなかったっけ?
時計を見ようとスマホを取り出せば、時間は2時間ぐらい経過していたけど、何故か圏外になっているのに気が付いた。
通話が禁止なだけで、この図書館に妨害電波機能なんてない。
「名字名前ちゃんか」
「!?」
何故名前を───と思ったら、ルパンが私の学生証をひらひら見せてくる。
いつの間に…!?
あっさりと学生証は返してくれたけど、私は警戒心から身を強ばらせることしか出来ない。
すると彼はパチンと片目を閉じてみせた。
「名前ちゃんには手ぇ出さねーから安心しな。お兄さん達が用があるのは此処の書庫だから」
書庫…その言葉で私の脳裏に浮かんだのは、2時間程前に司書さんに取ってきてもらった持ち出し不可の資料だ。
これら館内でしか閲覧禁止の書物は図書館奥の別室で保管・管理されているため、カウンターで司書さんに言わないと見ることが出来ない。
でもルパン三世が予告したのは、変態教授の正規の大発見だったはず。
「ルパン、開いたみてーだぞ」
「お、さっすが五ェ門」
疑問がぐるぐる頭を駆け巡る私に向かって、ルパンは手を伸ばした。
「せっかくだし、名前ちゃんも一緒にどう?おもしれーもん見れるぜ」
「面白い?」
「おいおい…まぁ、あの象でも3時間は眠りこける催眠ガスが効かねーんじゃ、連れてくしかねーか」
「そんな、人を象より大きな動物みたいに…」
髭の男が諦めたように肩を竦め歩き出す。
それにルパンと共についていけば、一目見て厳重だと分かるぶ厚い扉についた綺麗に真っ二つに割られたぶ厚い鍵の傍らに、袴姿の男性がいた。
その手には刀らしき物が握られている。
「な…!?ルパン、次元、何故おなごが!?まさか」
「いやー、それが端の部屋の角っこにいたせいかガスの効き目弱くて起きちまったから、ついでに連れてきたってわけ。名前ちゃんね」
「何…!?詰めが甘すぎる!」
「そればっかは否定出来ねーな」
持ち出し不可の書物が置かれた部屋は、いくつもの高い可動式の本棚が並べられた天井の高い部屋だった。
ただの学生である私が入ることが許されていない部屋なせいか、何処か神聖な雰囲気でドキドキする。
「ほーら、見てみな。これが正規の大発見と騒がれた壁画だ」
背の高い本棚を何個も越えた先のぽっかりと空いた空間に、確かにその壁画が鎮座していた。
TVで見た、黄色味がかった固い砂壁一面に、よく分からない幾何学的な文様が刻まれている。
大きさは5m×5m程だろうか、近くで見ると何だか迫力に負けそうだ。
「思ったより大きい…研究室に入らなかったから、此処で保管されてたのかな…」
「だろーな。この部屋は書物が傷まないようにするために、気温・湿度もしっかり保たれてっから、ちょーど良かったんだろ」
正規の大発見に見惚れていた私の横に、袴姿の男───五ェ門が立った。
かと思いきや、次の瞬間には叫びながら壁画を斬りつけ始めるではないか。
「てやぁーっ!」
「え!?ヒドい!何てことするの!?」
「ヒドくねーさ。よーく見てみな」
私の肩を優しく撫でながらルパンが促す。
日本刀が巧みに表面を削ぎ落とし、現れたのは───
「綺麗…」
「だろ?この壁画はただの正規の大発見じゃなかったんだ」
目映いばかりに輝いてみせる、煌びやかな黄金だった。
幾何学的な文様も先程とは違う。
もっと立体的で、緻密で、もはや考古学じゃなくて───
「これが、こいつの本来の姿ってわけさ」
───黄金の絵画だ。
『ちょっと名前!大丈夫だった!?ルパンが図書館に現れたってパパが言ってたけど』
「私は大丈夫。図書館で一時的に保管されてた壁画は持って行かれたみたいだけど、館内にいた私達はみんな催眠ガスで眠らされてただけだから…」
すぐに着信に応答してくれたジェシカは、暫く音信不通だった私を心配してくれていたらしい。
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
『ならいいけど…もう家?レポート出来た?どうせ明日休校だし、コンクールどころじゃないだろうね』
「うん…ねぇジェシカ、警察官になったらルパン三世に会えるよね?」
『え?えぇ、まぁパパは会ったことないって言ってたけど、彼専任の警官はいるみたいよ』
「そっか…後はマスコミとかだよね」
『何が?急にどうしたの?』
一目見て分かるデフォルメされた彼と、数字とアルファベット。
それはただの長方形の紙なのに、それらと共に綴られている名前とメッセージを見るだけで、何故か鼓動が速くなっていく。
「ちょっと興味が出てきたんだ。あのルパン三世っていう泥棒さんに」
親愛なる名字名前様
もしちょーっと刺激が欲しかったり、
寂しくて死にそうってことがあったら
連絡してくれれば
カッコ良くてやさしーいお兄さんが
いつでも駆けつけるぜ。
今日出会えたのも何かの縁ってことで。
また会えるその日まで、元気でな。
ルパン三世
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