「…え?」
「此処、どうぞ」


沖矢さんはもう一度そう言って、自分の膝を叩いた。
ソファーに座った彼自身の膝を、だ。


「昨日TVで見たんです。世の女性達は耳かきで癒されると。ですから、今日せっかく名前さんがいらっしゃるなら、是非日頃のお礼をすべきだと思いまして」
「いや、ちょっとツッコむところが多すぎて…」


確かに、耳かきが気持ち良くて癒し効果があるというのは分かる。
世の女性達がそう言っているとTVで放送されるのも、まあ分かる。
分かるけど、沖矢さんが私に耳かきって…いやいや、どうしてそうなったんですか。
逆に緊張して体強張ると思うんですけど。
って言うか、耳をまじまじ見られるって…


「まずは右からしましょう」


そんな私の胸中を知ってか知らずか、有無を言わせず無理矢理膝枕をされ、右耳を差し出すことになった。
体を預けた筋肉の張った太腿は引きこもりがちな学生だと誤魔化せないぐらいに逞しいけど、寝心地は悪くない。
優しく髪を掻き分けられれば、擽ったくて思わず身を捩ってしまう。


「可愛らしいですね」
「…笑ってますよね?」
「微笑ましいとは思っていますよ」


続いて、カチャ、と音が聞こえたかと思うと、ひんやりとした何かが耳の縁に触れた。


「んっ…」
「すみません。冷たかったですか?」
「いえ、大丈夫です」


テーブルの上に目をやれば、薬局でも見かける大手メーカーの化粧水ボトル。
それをたっぷり含んだコットンが、じゅっ、と音を立てながら耳の縁を辿っていく。
外側の簡単な掃除とマッサージを兼ねているらしいけど、耳元でがさがさされるとやっぱり擽ったい。


「成程、名前さんは耳が弱いと…」
「誰でも擽ったいです!」
「本当に?」


からかわれながら、まだ冷たいコットンで耳の裏まで優しく拭き取られれば、気持ち良いと擽ったいが半々ぐらいで襲ってきた。
血行も良くなったのか、少しずつ温かくなっている気がする。


「では、本題に入りましょうか」


いよいよ耳かきが始まるらしい。


「痛ければ言って下さい」


入口辺りを優しく撫でるように触ってから、少しずつ奥の方へ。
時折カリカリと聞こえるけど、痛みもないし心地好いぐらいだ。
奥から手前にスーッと辿られると、一定のリズムのせいか本当にこのまま眠ってしまいそうになる。
耳かきってこんなに気持ち良かったっけ。

うとうととしているうちに掃除は終わったらしく、梵天で中から外までさわさわと擽られる。
ごそごそと響くその音もふわふわの感触も、沖矢さんが器用だからかちょうどいい。
凄く幸せな気分で、体の中で何かがどんどん満たされていくのが分かる。
癒されるってこんな感じなんだ。


「これで片方は終わったのですが…もう片方は後にしましょうか」
「ん…」


今にも落ちそうな瞼の端に、頭を撫でてくれている沖矢さんの手がチラつく。
これは起きた時に凄く後悔するパターンだなと思ったけど、そんなことはどうでもよくなるぐらい、私はあっさり寝顔を晒すことになったのである。

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