いよいよ5月1日。
サミット開催日となった。
各国首脳は万全の体制で会場入りしているようで、我らがFBIも内密に付近の警備にあたっている。
私はと言うと、下手に表に出て何かに巻き込まれても面倒だということから、自宅で可能な限り会場周辺の街頭の防犯カメラをジャックして映像を班へ転送、そして不審な動きを見つければ速やかに連携しろとの指示を受けた。
はっきり言わせてもらおう。
普段専用のデータベースを扱ってるだけのただの人事部に、何てこと指示してくれるんだ。
やれることはやるけど、私は別にサイバー関係に精通しているわけではない。

その防犯カメラの回線ジャックと監視に時間を費やしていた矢先、不可解なニュースが目に飛び込んできた。
街のあちこちで家電が発火・暴走しているというのだ。
スマホまで発火しているようだし、不良家電の一斉暴走というわけではない。
我が家の家電は今のところ大丈夫だけど、いつ何が起きてもおかしくないだろう。
このノートパソコンなんて、朝からずっと東京都の防犯カメラの回線にアクセスしっぱなしで、映像の表示から転送から何から何まで対応しているので、ただでさえオーバーヒートの可能性も浮上している。

状況確認のため試しにこのマンション付近のカメラの映像を見てみると、ちょうど乗用車が急ブレーキを踏んだところが映し出された。
運転手が慌てて車から飛び出し、それを追うように煙も出ているようだからカーナビが爆発したのだろう。

窓際に歩み寄り、レースのカーテンを開けば東京の一部が一望出来る。
分厚い雲から雨粒が降り注ぐ中、ビルから立ち上る黒煙や、パトカーや消防車と思われる赤いランプがいくつも見えた。
サミット開催前の会場爆破、サミット開催当日の不可解な家電発火───最初から仕組まれた同一犯によるテロの可能性は十分。
と言うことは、零さんとコナン君が追う犯人は余程頭の良い、専門的な知識が豊富な人物であると予想される。
だってもはやこれ、いつ死者が出るか分からない不特定多数を巻き込む大規模テロだからね。
我が家の家電も、今不要なものはコンセントごと断ち切る方が賢明か。

───ん?
待てよ…家電やスマホの不可解な突然発火でこの被害って、もしかしてあれと同じ?
インターネット回線…IoTテロ?
このままだと、下手したら本当に父娘再会になるかもしれない。

思わず溜め息を吐いたところで、パソコンの横に置きっぱなしのスマホが鈍く振動し始める。


「当然サミット会場もその近辺も、国家テロ懸念で大混乱、ね」


ジョディか赤井さんか、とにかくFBIの誰かからだろうと思っていたのに、ディスプレイに表示された11桁の数字は見たことのない並びのものだった。
このタイミングであれば何かしら知人の可能性が高いだろうけど、一体誰だろう。
恐る恐る通話ボタンを押せば、相手は想像以上によく知る人物だった。


『絵里衣さん、今ちょっといい?』
「何だコナン君か…見覚えのない番号だから、誰かと思った」
『ボクの携帯、電池なくなるの早くて…』
「遠隔操作でもされてるのかもね。このテロみたいに。ちょうど去年───」
『電化製品…そうか、このテロの最初がサミット会場の爆破だったんだ!ありがとう絵里衣さん!』
「えっ、コナン君?」


切られた。
電話してきたのは彼からなのに、要件は自己完結でいいのだろうか。
急いでるみたいだし、とりあえず私は自分の仕事に戻ることにしよう。
生きている防犯カメラの映像は出来るだけ確認しておく方がいい。
にしても、国際会議場の爆破と今回のIoTテロ、犯人の目的は一体───?








夕方になり雨は上がったものの、街中の混乱は続いている。
それでも着実に沈静化はしており、報道されるニュースに違うトピックスが混ざりだした。
このまま解決してくれれば苦労はないが、そう簡単にはいかないだろう。
我々FBIも情報収集に追われ慌ただしく時を過ごしていたが、そんな時にまた先程と同じ番号から着信があった。
小さな名探偵からだ。


『絵里衣さん、NAZU不正アクセス事件の捜査資料見たって言ってたよね!?』
「え、言ったけど…」
『それって不正アクセスの詳細本当に全部載ってる!?』
「勿論親切丁寧に全部載ってるけど、それが───」
『ありがと!』


切られた。
先程以上に焦っていたから、余程急いでいたんだろうけど…この扱いは何だろう。
NAZU不正アクセス事件がやたらと登場するし、そもそもの発端はこの事件なのか。

気を取り直して、未だ仕事をしてくれているパソコンに向き直り、映像を確認していく。
すると突然、ある箇所のカメラがブラックアウトした。
またテロが起きたらしい。
このパソコンやスマホが壊れるのも時間の問題か。
私のフィーチャーフォンは比較的安心かもだけど。
FBI側からの追加の指示はないし、私が今すべきは首脳の安全のため、映像を送り続けることだけだ。
もしこのせいで壊れても弁償してもらえるだろう。

ずっとパソコンとにらめっこなせいで、頭も目も肩も背中も腰も足もバキバキガチガチである。
だがそれに追い討ちをかけるように、ある区画のカメラ複数台が同時にブラックアウトした。


「千代田区…警視庁か」


防犯カメラの位置を地図に照らし合わせてみれば、千代田区の警視庁付近が該当している。
あの辺りは東京駅だって近いし、大混乱なんて騒ぎでは収まらない。
だがテレビをつけてみれば、どのチャンネルも今日何度目かのIoTテロの話題ではなく、無人探査機『はくちょう』の特番ばかり放送していた。
探査機の帰還自体は凄いことだけど、今となっては、選りに選ってこんな日に日本近海に帰還しなくても…というのが正直なところだ。


「今度は零さんか」


パソコンの横で、スマホではなくフィーチャーフォンが振動する。
数字の羅列は予想通り、彼の番号を示していた。


『すみません、絵里衣さん。一仕事お願いしたくて』
「この状況で私に出来ることなんて何もないと思いますけど…」


風を切る音がヤケに耳障りだが、零さんはいつも通り穏やかそうだ。
実際腹の中は、事件解決とIoTテロの処理とサミットの中断で凄いことになっていそうだけど。


『NAZU不正アクセス事件の際、ある提案をしたそうじゃないですか』
「どうしてそれを…って、コナン君ですか」
『間接的にですけどね』


つまり私とコナン君の会話を盗聴していた、と。


「別に大した案じゃないですよ。NAZU関連PC以外からサーバーにアクセスしようとした場合、強制的に囮用のVDI…仮想デスクトップに飛ばしてログを取るってだけなので。実用的ではないし、すぐ却下でした」
『僕は十分使えると思うんです』


いや、それってまさか…そういうこと?


「もしかして、やれって言ってます?」
『はい。時間も時間なので子供騙し程度で構いません。ちょっと感情を揺さぶれればいいので』


正直荷が重いと返したい。
けど、零さんの次の言葉を聞けば否とは言えなかった。


『犯人がNAZUに不正アクセスし、はくちょうの落下地点を警視庁に書き換えました』
「え…?」
『その際パスコードも書き換えたらしく、本人に自白させないと、4メートルを超えるカプセルが秒速10km以上のスピードで警視庁に落ちる事になります』
「嘘…」
『今警視庁は停電と、このはくちょう帰還の影響で半径1km圏内に規制線が張られているので、その頃は僕達と公安ぐらいしかいないでしょうが…日本の被害は想像を遥かに超えてくるでしょう』


テレビのチャンネルを切り替え、はくちょう帰還について細かく説明している最中らしい番組で手を止める。
大気圏突入で探査機本体は燃え尽き、分離したカプセルのみ、パラシュートを開いて太平洋上に降下。
カプセルにはGPSを積んだ精密誘導システムが導入されており、落下地点は半径200メートル以内に収まる───つまり大気圏突入までに軌道を修正しなければならない。


「…分かりました。出来る限りやってはみますが、どうなるか責任は取れませんよ」
『絵里衣さんが関わったものは、全て此方で証拠を消すので安心して下さい』


そっちの責任の話ではない。

テレビのチャンネルはそのままにパソコンの前に戻る。
防犯カメラの映像は一旦置いておこう。
この様子だと零さんは犯人を追っているし、一番重要な警視庁付近はブラックアウトでどうせ役に立たない。


『宜しくお願いします───ではまた』
「…はい」


静かになった携帯を手元に、素早く気持ちを切り替える。
FBIでも話題になった事件だったおかげか、頭と指が覚えてくれていたので作業自体は早かった。
私のノートパソコンに作ったVDI上にNAZUのサーバーとほぼ同じ見た目のサーバーが映るようにし、外部からアクセスして飛ばされてきた人に、既に正しい軌道に修正されているように誤認させる。
念のため、焦った犯人が再度軌道を書き換えようと自身が設定し直したパスワードを入力すればそれを可視化して抽出、VDI本体でもある私に分かるように設定した。
子供騙しの急拵えではあるけど、犯人のメンタルを揺さぶることは出来るはず。
外部からアクセスした場合きちんとVDIまで飛ぶよう、私が設定出来ていればの話だけど。
ただそこがしっかり出来ていても、多分パスワード入力をする前に零さんに捕まるだろう。
電話の時点で移動中だったみたいだから、犯人も分かっているんだろうし、今頃もうやり合ってるかもしれない。

テレビでは、間もなくはくちょう帰還とキャスターとゲストが盛り上がっている。
その落下予測地点である東京上空は、青から紺へと色を変えていた。
それを裂くようにオレンジの筋が走ったかと思うと、何かが爆発したかのように明るくなる。


「……何?」


此処からそれが見えた辺りはかなり離れているが、方角を考えれば警視庁がある辺り。
と言うことは、大気圏突入までに軌道修正出来ず、やむを得ずカプセルを爆破させたってこと?
いやまさか、大気圏に突入しても燃え尽きないようなカプセルを爆破させるなんて、ミサイルでの迎撃でぐらいしか不可能なはず。
そして迎撃するにしては高度が低い。
一体何が起きたの?


「…カメラもパソコンも役に立たず、か」


舌打ちを飲み込んで、上着とキーケースと携帯2台を鷲掴み、家を飛び出す。
エレベーターのボタンを忙しなく押してしまうぐらいには、気持ちは急いていた。
このタワーマンションは下りるにも時間がかかる。
そもそも、今更私が警視庁に向かったところで何か出来るわけではない。
でも乗りかかった船、私には見届ける義務がある。


「えっ…?」


小走りでエントランスを抜け外に出ると、目の前の街路樹の傍らに見知った人物がいた。
タバコを燻らせた翡翠と搗ち合う。


「何で赤井さんが…」
「お前と同じく、日本に縁も所縁もある身なんでな」


タバコを消した赤井さんに腕を引かれ、マンションに逆戻り。
抵抗なんてさせてくれないまま、彼はエレベーターの階下行きのボタンを押す。


「キーを貸せ」
「キー?」
「持っているだろう」


エレベーターに乗り込むや否や、事態がよく分からないままにキーケースを奪われた。
そのまま勝手知ったる何とやらで、地下駐車場を進んでいく。
その一角にあるのは、私が使うことのない、母の置き土産だ。
漸く手が離されたかと思えば、彼は手慣れた様子で開錠し運転席に乗り込んだ。
黙々と準備をする翡翠が助手席を示している。


「行き先は警視庁でいいんだな」
「そうですけど、何で…」
「さっきも言った通り、俺もお前と同じく日本に縁も所縁もある…それだけだ」


赤井さんもその名の通り、元々は日本国籍も持っていたはずだ。
だから同じく元日本国籍で、日本警察に身内もいる私が、この不穏な非常事態を察してじっとしていられるはずがないと読んで、わざわざ?
零さんと会うことも考えて、変装まで解いて?


「ありがとうございます、赤井さん…警視庁までお願いします」
「了解」


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