翌日、私は約束通りコナン君と警視庁を訪れた。
来客用カードを胸につけ中を進めば、普段から交流があり、毛利探偵とも親しい目暮警部がやってくる。
私がいるのが意外だったようだけど、保護者代理の代理だと言えば「すまないね」と辛そうな謝罪が返ってきた。
警部としても毛利探偵が犯人だなんて信じられないし、夫人や蘭ちゃんのことを思うと胸が痛いのだろう。


「小五郎おじさんのパソコンが、誰かに操られた可能性を調べているんだよね?」
「まぁ確かに、日下部検事に追加の捜査を頼まれてはいるんだが…」


日下部検事独断での追加捜査依頼。
毛利探偵のパソコンから国際会議場のガス栓へアクセスした記録が確認されたけど、それは第三者の仕業の可能性もあるため再調査を依頼したとか。
確かに、それは日下部検事の言う通りだろう。
だが起訴すると決めていながら、まるで彼を弁護するかのような追加捜査とは───何だかここでも何かが捻れている気がする。


「言える範囲でいいから教えて。新一兄ちゃんが小五郎おじさんを助けるために、どんな情報でもいいから欲しいって…」
「毛利先生がどうしたって?」


聞き覚えのある声に思わず振り返る。
安室さんだ。
きっと寝る間もない程働き詰めだろうに、ポアロから差し入れを持ってきたなんて爽やかに言い放つ彼だったが、対するコナン君からは涼やかな皮肉が返される。


「毛利君はもう此処にはいないよ」
「送検されたら原則身柄は拘置所へ行く。安室さんが知らないはずないよね」
「へぇ、そうなんだ。君は相変わらず物知りだね」


演技する気もないのか、酷く淡々とした声音だ。
そしてその矛先は、しっかりと私にも向けられる。


「絵里衣さんも、大童な蘭さん達に代わってわざわざコナン君の付き添いとは…本当にお優しいんですね」


彼の発言何もかもが、コナン君にとって嫌味でしかないだろう。
だが賢い安室さんならもっと上手い言葉選びが出来るし、会話の誘導だって容易いはず。
つまり、私のような取り巻く人含め、コナン君をわざと煽って捜査させようとしているのだ。
『安室透』という『敵』を使って。


「それから、拘置所にこういったものは差し入れ出来ないよ」
「分かりました」


目暮警部の忠告を背中で聞き入れ、ひらひら片手を振りながらそのまま去っていくかと思いきや、突如立ち止まった安室さんは肩越しに振り返った。
貼り付けられた笑みと共に、冷たい瞳が向けられる。


「あ、絵里衣さん、またお会いしましょうね」


最後の最後で私に突っかかってから、彼は正面玄関へと向かっていった。
と同時に、見覚えのある姿が警視庁に入ってくる。
風見さんだ。
多忙を極める2人が擦れ違う瞬間、彼の唇が動いたのをコナン君も見逃さなかったらしい。
そちらに気を取られてくれただろうか───私がまた彼に接触を求められたと悟られていなければいいけれど。


「ねぇ刑事さん!おじさん家から持ってったパソコン返してよ!ボクの好きなゲームも入ってるんだから!」


無邪気な子供のように、コナン君が風見さんの腕に飛びついた。
ぶらぶらとしがみつかれながら、証拠物件だから返せないとだけ返す風見さんはさすが公安だ。

とその時、背後から視線を感じた。
そちらを見れば、厳格そうなスーツ姿の男性が、驚いたような表情を浮かべている。
部下らしき男性を従えて警視庁の奥から出てきたのだから、警察関係者でかつそれなりの立場の人物だろう。
此処に私の知り合いはほんの数人しかいないが、この人に見覚えはない。


「まさか斎藤さんのご息女…なのか」


私じゃなくて父の知り合いか…!
目暮警部はコナン君、コナン君は風見刑事にそれぞれ夢中ということだけを横目で確認し、男性の元に駆け寄る。
私の状況を知っているのか、彼は陰になるよう1つ奥の通路まで連れ出してくれた。
部下だろう男性が速やかに席を外す。


「ご挨拶が遅れ申し訳ございません。斎藤絵里衣です。父がお世話になっております」
「いや、世話になっているのは此方だ。…本当に夫人によく似ている」


どうやら、警察庁にも関係のある極一部の人は、この小田切警視長のように母の写真を見せられているらしい。
私が日本で何かあった時のためだろうけど、毎回毎回事態把握と事情説明に骨が折れる。
今回は『たまたま日本に戻ってきている時にサミット会場爆破となったため、米国の安全のためにも可能な範囲で情報収集するよう言われている』という設定にしたが、よくよく考えれば組織との対立が長引けば即追放を言い渡されそうである。
いくら父親が警察庁所属でも、私は米国の警察だ。


「斎藤さんから君の立場はある程度聞いている。私で力になれる事があるなら、いつでも声をかけてくれ」
「ありがとうございます」


一礼して小田切警視長の背を見送っていると、コナン君から解放されたらしい風見さんがやってきた。
言葉は交わさなかったが、一瞬驚いたように目を瞠った後すぐに目配せで会釈してくれる。
今回私が零さんと繋がっていると、彼は知らされているのだろうか。


「何だか引っかかるね」
「うん。何かおかしい気がする」


警視庁を出たところでコナン君と意見を交わせば、違和感という点で一致した。
日下部検事の個人的な追加捜査依頼───どうにもしっくりこない。

コナン君はこれから毛利探偵の奥様・妃弁護士の事務所に向かうらしい。
私は彼にまた例の雑居ビルに呼び出されているので、此処でお別れだ。


「またFBI側で何か動きがあれば連絡するね」
「うん、ありがとう」


小さな探偵さんはこれからまた奮闘するのだろうけど、私もまた別の意味で奮闘しなければならない。
それはそれは頭のいい、この事件全体の指揮者とね。


「あ、そう言えば絵里衣さん、さっき何処に行ってたの?」
「さっき?」
「うん。ボクが風見刑事と話してた時」
「ああ、手帳を落とした刑事さんがいたから、拾って渡してただけだよ」
「そっか」


油断出来ないのは此方も同じか。
これで上手くカモフラージュ出来ていればいいけど。








「来ていただけて良かったです」
「寧ろよく来られたものですよ」


昨日の数字だけのメールと言い、今日の捨て台詞と言い、我ながらよく食いついていると思う。
私が解けなかったり気付けなかったりしていたら、一体どうなっていたのだろう。
…役立たずのレッテルを貼られて蚊帳の外、なだけか。


「毛利小五郎が起訴されました」
「え?担当の日下部検事が警視庁に追加捜査を依頼して、まだその結果は出ていないはずですが…」
「ええ、その通りです」


つまり担当検事を無視して、権力で起訴したということか。
もしくは起訴を無視して、担当検事が追加捜査を依頼したか。
日本警察について詳しいわけではないけれど、零さん達の力が検察庁に働いているのは確かかな。
着実にカウントダウンは進んでいる。


「捜査自体はあまり進展していないようですけど」
「そうでもないですよ。表に出していないだけで」


薄暗い室内で、テーブルに置かれたPCだけが煌々と明るい。
そこに広げられた資料は、文字も写真も膨大な量で、正直何処から手を着けて良いか分からない程だ。
だが私がそれに目を通す前に、彼がスマホを見せてくる。
カメラのライブ映像のようだけど…って、映っているのはコナン君に蘭ちゃん、そして見覚えのない女性2人。
聞いているとは思っていたけど、それどころか完全に盗撮盗聴だ。


「これ…」
「ええ、お察しの通りです」


私達も日本での勝手な捜査や日本警察の無線傍受等々人のことは言えないが、ここまでとは想像以上だった。


『と言うことは、おじさんの起訴が決まったの?』
『検察から間もなく起訴するって連絡があったわ』


捜査資料をテーブルに広げ、コナン君がそれに齧りつくように目を通しているのが分かる。
何か気になる記述があったのか、ある一点を見て動きを止めたようだけど、このスマホの定点映像からだと内容は分からない。
彼のことだから重要な記述なのだろう。


「資料が見たいならコピーを取らせますが」
「…いえ、私が見たところでどうにもならないでしょうし」
「そうでしょうか」


映像の先に耳を傾けながら、零さんはちらりと私を見た。
そして空いている手を私の髪へと伸ばし、器用に毛先を弄ぶ。
一見何の意味もなさそうだけど、彼は自身で情報を得ながら同時に私に餌を撒き、それでいて脳内では凄まじい速さで最善を叩き出しているはずだ。


「此処まで聞いてどう思われますか?」
「どうと言われても、毛利探偵の立場で言うなら捜査は平行線のように思えるので何とも…検事独断の追加捜査依頼が気になるぐらいで。個人的に橘弁護士の言動も引っかかりますが、直接的な関与は現状不明ですし」
「成程。知識は勿論の事、洞察力もさすがと言わざるを得ないでしょう」
「事件で言うなら、唯一足が着くとしたら零さん達が調べているガス栓へのアクセスログ。インターネット社会の今逃げ道も多いでしょうが、昨年のNAZU不正アクセス事件のように手段は1つでしょうから」
「ああ、ありましたねそんな事件」
「FBIとしては恐ろしい事件でしたが、あのお陰でNor解析のシステムが出来たので、アメリカのIT技術進歩の観点ではプラスな事件でした」


私の回答が及第点だったのか分からないけど、零さんは手早くノートパソコンを仕舞い始めた。
もう私は用済みということだ。
私の考えが何処まで追い付いているのかを確かめるためと、この盗撮盗聴を教えるのが目的だったんだろうか。


「…やっぱり貴方が私を利用するメリットが見えません。私が彼に情報を流さなくても、彼はこうやって合法的に情報を得ることが出来ますし、FBIはUSSSと守りに徹するようなので尚更です」


ふと零さんが手を止めた。
薄暗い室内も相俟って、僅かに射し込む光が映り込む彼の双眸は鋭く、それでいて何処か神秘的な雰囲気を醸し出している。
漂う埃がキラキラ輝き、ろくに睡眠もとらず国のために動き続けているはずなのに疲れを見せない彼の、その整った容姿や纏う空気を際立たせているようにも見えた。
私の目の前にいる人は誰なのだろう。
私は一体何で此処にいるのだろう。
糸を張り巡らされた人形じゃない、そんな物を使わずとも手綱を容易く握ってしまう彼は、どうしてこんなにも───


「貴女のそういうところにどうしようもなく惹かれますね」
「…零さん」
「怒らないで下さい。僕は貴女の事に関しては、いつだって本気なんですから」


腕を引かれ、そのまま倒れ込んだ彼の胸に抱き込まれる。
今の状況を考えればまともな食事をしているのかも不思議なぐらいだが、鍛え上げられた逞しい体は力強く私を包み込んでいた。
疲労どころか、考えも、喜怒哀楽も、何も分からない。
彼はいつも、何も見せてはくれないのだ。


「信じてもらえないのなら信じてもらえるまで何度でも、言葉で、態度で証明してみせるまでだ───例え貴女が嫌がろうとも」


ああ、何て馬鹿なんだろう。
そっと現実に蓋をして、私はただ彼に身を委ねた。


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