「おお、スッゲー!」
「絵里衣お姉さん上手〜!」
「このまま何処までも行けそうです!」


阿笠邸の庭で少年探偵団の3人に囲まれながら、私は必死でドローンの操作をしていた。
ここ最近諸々の事情で彼ら彼女らと遊ぶ機会がなかったので、阿笠博士お手製のドローンの御披露目にご一緒させてもらったのである。
まずは博士が手本を見せてくれ、年功序列で次は私が触らせてもらうことになったのだが、職業柄所謂『ながら作業』が得意なせいか、博士より操縦が上手いと皆夢中になっているのだ。
だが実際のところ、私はわりと必死である。
1つの操作盤で方向・速度・カメラ3つを細やかに操作しなければならないので、ドローン自体けして簡単なものではない。
ついでに、皆にモニターが見えるようにしゃがみ込んで操作しているので、正直そろそろ足が限界だ。


「よし、じゃあ交代しよっか」


ドローンが無事阿笠邸に帰ってきた。
それを見た光彦君は、瞳をキラキラ輝かせてコントローラーを受け取る。
早速触り出すが、飲み込みが早いらしくあっという間にドローンはまた空高く舞い上がっていった。
博士曰く、このドローンは30km先まで飛ぶことが出来るらしいので、様々な場面で重宝しそうだ。
勿論、公的な許可が下りてからの話だけど。


「ちょ、ちょっ、元太君!」
「オレにも早くやらせろよー!」
「私も早くやりたーい!」


痺れを切らした元太君と歩美ちゃんが、コントローラーを握る光彦君に詰め寄った。
子供達からすれば、それはさぞ面白い機械だろう。
純粋な心を置いてきてしまった私からすれば、撮影した映像を本部のデータベースに自動転送するようにして、リアルタイムな情報共有や捜査資料の格納簡易化・簡素化・明確化に役立ちそうなんて、何とも夢のないことばかり頭に浮かぶ機械なのである。


「博士ー!画面が消えちゃいましたー!」


どうやらカメラの映像が途絶えてしまったらしい。
確かこのドローンは衛星通信を使用していると言っていたし、ドローン側の不具合か。


「絵里衣さん!ちょっと来て!」
「どうしたのコナン君、そんなに慌てて…」


ふと声がした方を見やれば、コナン君が阿笠邸の窓際から飛び出さん勢いで上半身を乗り出している。
その表情も声音も、いつもの彼とは違うようだ。


「…哀ちゃん?」


言われるがままリビングに行くと、顔を真っ青にしたままソファーに座っている哀ちゃんがいた。
隣に腰掛け覗き込めば、カタカタと震えながら体を寄せてくる。
この雰囲気、何度か見たことがあるけど…まさか。


「テレビ…」


小さな呟きに促されるように目の前の大型テレビに視線を移すと、速報として繰り返し国際会議場爆破のニュースが流れていた。
国際会議場と言えば、来週各国首脳が集うサミットが開かれる場所ではないか。


「サミット会場が爆破…?」
「うん…テロにしてはおかしいよね」
「わざわざ開催前に爆破するなんて、ってこと?まぁ日本を陥れたいからってぐらいしか動機は浮かばないかな」
「…そこに、安室さんがいたみたいなんだ」


成程、哀ちゃんはバーボンがいるのを見てしまったから、こんなに怯えているのね。
この場合バーボンではなく多分零さん───公安がいる時に爆破が起きたってことだろうけど。
神妙な面持ちで入ったばかりのニュースを読み上げるアナウンサーの背後で、防犯カメラの映像だという爆発の様子が流れている。
相当大きな爆発だ。
これだけの爆発を起こすには勿論それ相応の爆薬がいるだろうけど、まだ未完成の会議場に、どうやってそれだけの爆薬を運び込んだんだろう。
工事関係者か警察関係者しか入れないだろうし、その工事関係者も日本警察に徹底管理されているはず。
後は事故の筋だけど、サミット開催3日前ならほぼ全ての設備が整っていると考えるのが妥当。
こんな大規模な爆破が起きるような穴があるとは考えにくい。


「事故にしてもヤケに規模が大きそう…やっぱりメーデー前のテロの可能性も捨てきれない、か」
「FBIも動く事になりそうだね」
「都合良く日本にいるジェイムズさん達に何か指示が下る可能性はあるけど、USSSがどう動くかによるかな」


そもそも少々管轄外だし、私に至っては完全に外になる。
一応沖矢さんにメールをしてみたら、此方の会話を聞いていたのかすぐに返事が来た。
既に動き出しているらしい。
奴ら組織のやり方にしては派手で意図が読めない行動だが、大統領は勿論、各国首脳が集うなら奴らだけでなく他組織から標的にされてもおかしくないとの結論だ。
このサミット参加のために水面下でCIAも動いていただろうけど、まさか開催前にこんなことになるとは想定外だっただろう。


「この事件、少なくとも私以外のFBIは噛むみたいだから、もし奴ら絡みならすぐ連携するね」
「…ありがとう」
「顔色悪いし、部屋で休む?」
「…うん」


小さな哀ちゃんの背中を見送って、完全に部屋に入ったのを確認してから、小さな名探偵は切り出した。


「奴らが噛んでると思う?」
「公安は噛んでると思うよ」
「…だよね」
「0とは言い切れないけど」
「…うん」


やはりコナン君も、今回この件に組織が噛んでるとは思っていないようだ。
しかしテレビからは会場にいた警察官が死傷したという情報も流れているし、不穏な事件であることに違いはない。


「沖矢さんのところに行ってくるから、哀ちゃんのフォロー頼んでいいかな?」
「昴さん?って事は…」
「私はほぼ無関係だけどね」


そのまま隣家にお邪魔すれば、居候はコーヒー片手にテレビの前にいた。
勿論チャンネルはニュース番組に合わせられており、サミット会場───エッジ・オブ・オーシャンや国際会議場に関する内容ばかり流れている。
国際会議場は埋め立て地の総合施設の一角に位置し、本土からの行き来は2本の橋からしか行えず、周りは東京湾という都会の孤島になっていた。
言わば出入口が限られた檻…ますます不思議しか残らない。


「各国が騒がしくなってきたな」
「でしょうね…サミット開催前にテロの可能性なんて」
「例え事故であっても日本への不信感と警戒心は高いまま…まだ日があるだけマシだろうが…」


そう、注目すべきはそこだ。
今日は4月28日、サミット開催の5月1日までまだ時間がある。
つまり対策を練ることが出来るのだ。
だからこそ、我々FBIも水面下で動くことになっているんだけど。


「引っかかりますよね」
「スマートではない」
「日本を陥れたいだけか、攪乱させて慌てる国を見たいだけ…?」
「甚く質の悪い悪戯だな」
「ですよね…悪戯にしては上手い気もしますし」
「ああ。事故の可能性も捨てきれんだろうが…下手をすればお前の父親も動く必要が出てくるだろう」
「元を辿れば日本警察ですしね」


沖矢さんの言う通り、国を跨いだ事件、国際テロとなればICPOも動かざるを得ないだろう。


「私が深く関わることはないと思いますが、半分は日本の血が流れていますし、必要ならまた声をかけて下さい」
「ああ。だが例の組織が絡んでいないとも言い切れない以上、目立つ行動は控えろよ…」








簡単な情報共有の後、大人しく家に帰ったのはいいものの、テレビを見てもスマホを見ても、国際会議場爆破のニュースばかりが目についてしまう。
管轄外だと分かっているが、嫌でも本職を思い出してしまうし、知人が───父と交友のある零さんが噛んでいるのなら尚更だ。
と言っても、私に出来ることは何もない。

夕食にはまだ早いが、手持ち無沙汰になってしまった。
サミットの報道ばかり見ていても捜査資料が開示されるわけでもないし、別のことで気を紛らわせるか。
そう言えば、5月1日は火星探査機の帰還日でもあったっけ。
去年、このNAZUのシステムに外部からアクセスされるなんて事件が起きて大変だったけど、無事帰還出来そうで良かった。

コーヒーを淹れ直すためにキッチンに向かおうとした時、テーブルの上でスマホが鈍く振動した。
着信だ。
ディスプレイに表示された番号に見覚えはある。


「どうしたのコナン君…」
『絵里衣さんお願い!どんな事でもいいから情報が欲しいんだ!』


耳に飛び込んできたのは、小学生とは思えない程冷静沈着な彼からは想像出来ない焦りだった。
何が言いたいのかも分からないし、彼が何かに必死ということは伝わってくるけど、大人顔負けの知識や推理を披露する普段の様子とは正反対である。
一頻り彼の焦りを受け止めてから問い直せば、落ち着きを取り戻したコナン君は順序立てて説明してくれた。


『小五郎のおじさんが…逮捕されたんだ』
「毛利探偵が!?元刑事って聞いてるし、そんな人が何で…」
『爆発した国際会議場から、おじさんの指紋が見つかったみたいで…公安の人が探偵事務所に来たんだけど…』


しかも、例のサミット会場爆破の容疑者で?


「サミットに関係のない毛利探偵の指紋が会議場から見つかったのなら、疑惑は向けられるだろうけど…指紋を残すなんて、元刑事で知識もある人が犯すミスとは思えない」
『そもそもおじさんは会議場に行った覚えはないって言ったんだ。だけど、おじさんのパソコンから会議場の見取り図とサミットの予定表が出てきたって…』


それを証拠として、いきなり逮捕…?


「十分証拠には成りうる材料だね。でも警察関連の知識のある毛利探偵が犯人なら、足がつかないように別PCでの管理か資料の完全抹消をしているはずだし、このご時世いくらでも書き換え────」


そうだ。
このご時世、いくらでも書き換え出来る。
現場に指紋を残すことも、誰かのPCに資料を送り込むことも、容易くやってのけるだろう。
国のために、公安警察なら。


「───そう言うことね」
『うん、ボクもそう思ったんだ。だから、怪我してたしあの現場にいたはずの安室さんにも訊いたんだけど…』
「けど?」
『証拠がないと警察は動かないって…命に代えても守りたいものがあるんだって』


この言い回しだと、警察が動くために、事故ではなく事件にするために、毛利探偵を容疑者にしたって受け取ることも出来る。


「そっか…とりあえず、あの爆破は事故でも、組織が絡んだテロでもないみたいだね」
『可能性は高いと思う…だから力を貸してほしいんだ。今回の安室さんは敵かもしれないから』
「分かった。話せることは話すし、協力出来ることは協力する。ただ彼も立場上考えがある気がするから…私が部外者として口を挟まない方がいいと判断した場合はごめんね」
『ううん、無理言ってごめんなさい。ありがとう絵里衣さん』


厄介なことになった。
静かになったスマホを見つめ、大きく息を吐き出す。
本当に公安が自らの手で毛利探偵を容疑者にしたのなら、それ相応の理由があるはずだから、部外者である私が変に口出ししない方がいい。
でもあんなに必死なコナン君に助けを求められて、その手を取らないなんて選択肢も私にはない。
本当に厄介だ。


「………聞いてた?」


今度はフィーチャーフォンがテーブルで鈍く振動を始めた。
ディスプレイに表示された番号に見覚えはある。
小さな名探偵との会話を聞いていたのだと思える程のタイミングだ。


「……はい」
『大体察して下さっていると思いますが、僕の事は気にせず彼に出来る範囲で協力してあげて下さい』
「傍受ですか」
『僕が貴女にそんな真似出来ると思いますか?』


つまりやるならコナン君側ってことね。
意図が不透明すぎる…電話の先の彼がいつも通り穏やかな辺り、余計引っかかるところだ。


「裏があるようですが…この調子だといくら訊いてもはぐらかされて終わるんでしょうね。そう言えば、爆発に巻き込まれて怪我されたって聞きましたけど」
『貴女に心配してもらえるなんて、怪我をするのもいいものですね』
「馬鹿言わないで下さい」
『…そうですね。貴女の前ではいつだって格好をつけていたいですから』


のらりくらりと躱される。
彼の真意は───何処?


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