宣告通り、ジェイムズさんが日本にやってきた。
そして、何故か私は道案内として呼び出され、一緒にアニマルショーを観るという何とも不思議な体験をさせてもらうこととなった。
わりと真剣に楽しんでしまったのだが、ジェイムズさんがニコニコ嬉しそうだったから良しとしよう。
にしても、人も多いしカメラも多いし大盛況だ。
万が一に備えて少しでも顔が隠れるように、フード付きのパーカーを着てきたのは正解だわ。


「Can you give me a break!?」


このショーの終了後に赤井さんと合流すると言うのでお手洗いに行っていたら、いつの間にかジェイムズさんが大人数のマスコミに囲まれパニック状態だった。
どうやらホークさん…このアニマルショーのスポンサーのランディ・ホーク氏と勘違いされているらしい。
私もパンフレットを見て、ぱっと見は似ているとは思ったけど。
さて、彼のこの流暢なクイーンズイングリッシュで、何人がおかしいと気付くだろうか。


「あ、いたいたトーマスおじさん!」


可愛らしい少年の声で、マスコミが一瞬静まり返る。
そして別のざわめきが起こる頃、人違いの被害者で私の連れであるジェイムズさんは、どうやらたまたまアニマルショーを観に来ていたらしいあの江戸川コナンの機転によって見事脱出を果たした後だった。
私完全に助け損ねた挙げ句置いていかれたわけだけど…どうしようかな。








「ジェイムズさん!」
「Oh…絵里衣サン、久しぶりですね!」


会場を出て少し行った通りでやっとジェイムズさんを見つけたかと思いきや、いきなりよく分からない挨拶を返される。
久しぶりも何も一緒にショーを観ていたし、ファーストネームで呼ぶなんて…。
だがその理由は、彼の背後に見える阿笠博士と少年探偵団で理解出来た。
堂々と声をかけたのは迂闊だったかもしれない。


「お父サンはお元気ですかー?」
「あ、はい、暫く会ってないですが、多分」


とりあえず、父が知り合いの設定でいくようだ。
愛想良く会話を回すジェイムズさんは、本当にアニマルショー目当てに来日した外国人にしか見えない。


「せっかく会えたんですが、今から彼らとランチです!またの機会に美味しいお酒でも飲みましょう!」
「はい。その時は是非」


ジェイムズさんの目が何かを訴えている気がする。
とりあえずジェイムズさんからは離れて、私は赤井さんと合流でいいようだ。


「絵里衣さん、おじさんと知り合いなの?」
「まぁ、お父さんとジェイムズさんが、だけど…一応ね」


ふと足元を見下ろすとコナン君がいた。
ぱちくりと子供らしい大きな瞳が此方を見上げている。


「だったら、絵里衣さんも一緒にお昼ご飯食べたらいいのに」
「彼女は鳥籠(cage)のお姫様(princess)…今は好きにさせてあげてください」


ぴくり、とコナン君が反応を示した。
まさか私のことを知って───!?


「ケージ?絵里衣お姉さんは刑事じゃなくてバイオリン奏者だよ!」
「そうですよ!」
「おまえ知らねーのかよ?」
「Oh、間違えました!そうでしたねー!」


落ち着け。
コナン君は銃の扱い方を知っているぐらい少し変わった、かなりcoolな少年だ。
でもだからって、鳥籠や組織を知っているなんてそんな…有り得ない。
FBI内でも知らない人が大半の閉鎖空間を、いくら普通じゃない小学生と言っても、民間人が知っているはずがないじゃないか。
組織のことだって、民間人なら知っているはずがない。
……………では、民間人じゃなかったら?


「じゃあ私はこれで失礼します、ジェイムズさん。またね、小さな探偵さん達」


コナン君が何か言いたそうなのを振り切って、元来た道を戻る。
音声を聞かれないであろう距離まで来たところで、鞄から携帯を取り出した。


「あ、赤井さん、すみません。ちょっと予定変更になりまして…私だけ拾ってもらえませんか?」
『何?』
「それか、私が同席しなくていいのなら帰りますが…」
『いや…今何処にいる?』


場所を伝えると、赤井さんは10分程で迎えに来てくれた。
自分で呼んでおいてではあるが、この車に乗るのは緊張する。


「ジェイムズさんは、小さな探偵さん達とランチに行くことになりました」
「なら、この辺りで時間を潰して少し早めに戻ってくるか…」


そう言うと、赤井さんはふっと笑って短くなった煙草を揉み消した。
ふわりと煙草の臭いが強くなる。


「ランチにでも付き合ってくれるかな、お嬢さん。と言っても、移動を考慮すると30分程しか時間はないがな」
「それだけあれば十分です」


この後、2人で適当に入った喫茶店で昼食を済ましたのだが、ローカル感があるこじんまりとした喫茶店はまた来たいと思える程中々いい雰囲気のお店だった。
心なしか、赤井さんもリラックスしていた気がするし。


「すみません、赤井さん。ご馳走様です」
「……見返りを期待している」


会計を纏めて済ましてくれた彼に礼を言いながら店の扉を潜れば、首だけ振り返った後何故か期待された上に頭を撫でられた。
リストランテに連れていけとか言われたらどうしよう。

何となく胸の辺りがぐるぐるしたまま車に乗り込み、ぐるぐるしたまま会場へ戻る途中、ジェイムズさんとランチに向かったはずの少年探偵団の横を通りかかった。
何やら深刻な面持ちだが、ジェイムズさんが連れ去られたとか言っているような…。


「斎藤」
「はい」
「後部座席に移動しろ。それと出来るだけ髪と顔が隠れるよう、そのパーカーのフードは被っておけ」
「まさか…」
「飛ばすぞ」


私が後部座席に乗り直した途端、車は凄い勢いで走り出した。
言われた通りパーカーのフードを被り、髪を出来るだけ中へしまっていく。


「何もないだろうが、何かあってもお前は車から出るなよ」
「ジェイムズさんは…」
「パトカーの中だろう」
「パトカー?」


言わずもがなFBIのジェイムズさんが、一緒にランチに行くはずだった彼らを置いて日本警察に行くなんて考えられない。
そして勿論、日本警察がジェイムズさんを連れ去るはずもない。
つまり、日本警察に扮した何者かに連れ去られたってことになる。


「目星はついてるんですか?」
「大方な…まぁ此方は彼を返してもらえれば他はどうでもいいが」


ハンドルを握る人の運転技術が高いお陰で、車はあっと言う間に問題のパトカーの後方につくことが出来た。
運転手1名、後部座席に3名、うち真ん中の1名がコートか何かを頭から被っているのが此処からでも分かる。


「どうします?」
「…出方を見る」
「出方って…」


そうだ。
さっきもそうだった。
赤井さんは子供達を気にしている。
特に、あのどう考えても普通の小学生じゃない2名、江戸川コナンと灰原哀を。

後ろを振り返れば、かなり後方だがまた別のパトカーもついてきているようだ。
これを呼んだのが彼なら、そろそろ動くはず。


「きょろきょろするな…」
「え、これも駄目なんですか?」
「大人しくしていろ」
「えー…」


これを理不尽、過保護と言わず何と言うのか。
私に大人しくしていろと釘を刺しておきながら、自分は犯人をたっぷり煽ってビビらせてるくせに。

犯人達の前方に出た私達を追うように現れた黄色の可愛い車と複数のパトカー達が、ジェイムズさんの乗る問題車両を取り囲む。
黄色の車は阿笠博士の物らしいが、赤井さんはやっぱりあの2人が気になるようだ。

様子を見計らっていたらしく徐々に後方へ回った赤井さんは、パトカーの一斉停止を眺めた後さっと裏道へ入り車を止めた。
すると、5分程で何事もなかったかのようにジェイムズさんが乗り込んでくる。


「すまなかったね、赤井君、斎藤君…」
「お疲れ様です」
「さすがですね…とっさにあんな暗号を残すとは…」


助手席で眼鏡を拭いているジェイムズさんからは、あの明るい観光客の雰囲気は全く感じられない。
当然と言えば当然だけど、いっそ怖いぐらいの二面性だ。
今冷静になって考えれば、コナン君の前で鳥籠やお姫様と言ったのは、彼の知識や推理力を試すためだったんだろうし。


「しかし驚いたよ…君があの長髪をバッサリ切るとは…」
「ゲン直しですよ…恋人にふられっぱなしなもんでね…」


私もそろそろ踏み込んで調べる方がいいかもしれない。
奴ら組織の『お姫様』について。
鳥籠も使えない今、私自身に覚えがないのなら、鷲と狼から紐解くしかないだろう。
私よりよっぽど有名人だしね。


「それで?わざわざ私を呼び寄せたのだから…その恋人とはよりを戻せそうなのか?」
「ええ…後悔させてやりますよ…私をふった事を…血の涙でね…」


狂愛レベルでコイビトに夢中なせいか、赤井さんがとても楽しそうだ。
この調子だと、私の調べ物よりそっちの狩りの方が先になるんじゃないだろうか。


「斎藤」
「はい」
「時が来ればお前にも協力してもらうことになるだろうが、くれぐれも大人しくしていろよ」
「どれだけ念を押すんですか…」


大袈裟に肩を竦めてみせれば、ジェイムズさんが、「そのパーカーのフードもだが」と苦笑混じりに言った。


「それだけ斎藤君が心配なんだよ。私が今日アニマルショーに連れて行くと言った時も渋っていたぐらいだからな…」
「そうなんですか?私としては嬉しかったんですけどね。面白かったですし、想定外の出来事ではありましたが、ファーストネームにさん付けで呼んでもらえるなんて貴重でしたし」
「君の父親の友人ということにしてあるからね…また機会があれば呼ぶことになるだろう」


先程から黙って運転している赤井さんから、何か変な殺気のようなものを感じる。
ちょっとからかわれて拗ねるとか何なんですか一体…。
その追い討ちをかけるように、拗ねている彼の表情まで良く見えるであろう助手席のジェイムズさんから悪戯っぽい視線を送られ、私の居心地の悪さはMAXになった。


  return  
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -