夜が明け、いよいよ高校生皐月杯争奪戦当日だ。
紅葉ちゃんは落ち着いた様子で準備をしていたが、屋敷の周りにいた京都府警からは緊迫した空気が漂っていた。
会場の阿知波会館もセキュリティーが強化され、スタッフも登録者以外入れないようになっているらしい。

私に与えられたミッションは、参加者の関係者として出入り出来る点を活かした監視・観察と、どちらかと言えば警察側というコネクションを活かしたいざという時の少々無茶な行動だ。
平次君が綾小路警部に話を通してくれたおかげで、この広大な会場の地図もタイムスケジュールも把握出来ている。
いくらセキュリティーが強化されたと言っても、これだけの広さなら穴があってもおかしくはない。
最終手段にしておきたいが、本当に必要ならこの拳銃も使うつもりである。
ただ今までの手口からすれば、おそらく今日も爆弾が使用されるはず。
防災システムは導入されているけど、日売テレビ局爆破レベルの被害となれば何処まで対応出来るかどうか…。
私に出来るのは極力それらの阻止、最悪の事態となった場合は一般客の退路確保ぐらいだろう。
生憎誰かさんのように制圧に長けていないし、誰かさんのように爆弾解体技術なんてないからね。
せめてFBIとして、一般客とあわよくば事件に突っ込んでいくタイプの探偵達の安全は確保したいところだ。

予選から会場で見守っていたけど、試合はそれは順調に進んでいった。
紅葉ちゃんの鮮やかな試合運びは勿論、1人合気道の道着を着ている和葉ちゃんも着々と勝ち進んでいく。
そしてついには本当に、決勝戦まで駒を進めたのだった。


「今の所は静かだけど…嵐の前の静けさってやつかな」


いよいよ決勝戦、高校生皐月杯争奪戦のクライマックス。
紅葉ちゃんと和葉ちゃんは、試合会場である断崖の孤島・皐月堂へと船で向かっている。
勿論事前に爆弾が仕掛けられていないと確認済みだろうし、警備もあたっているだろうけど、正直あそこを爆破なんてされたら話にならないと思う。
念には念を入れて、近付けるところまで近付いて見ておくべきか、それともこの様子を監視していると思われる犯人を警戒するべきか。


「……何?」


そんなことを考えながら平次君と連絡を取るために会館の外に出れば、何やら日本警察達が騒がしい。
視線を辿ると、森の奥の方で黒煙が棚引いている。
あの森はこの会場の敷地外のはずだけど…。

しかし次の瞬間、今度は鈍い爆発音と共に、皐月堂のある辺りから黒煙が立ち上り始めた。


「日本警察は何をしてたの…!?」


切り立った断崖に建つ皐月堂の周りは湖。
地面よりはマシかもしれないが、あの高さから落ちれば一溜まりもない。
建物のすぐ横には滝が流れ落ちており、それを辿った崖の上にも湖があるけど、燃えて煙を上げる皐月堂にヘリコプターが近付けるはずないし、引っ張り上げるなんて不可能だ。

とりあえず皐月堂まで行こう。
船着き場までなら私も入れるはずだ。
そして踵を返した時、視界に見覚えのある姿が入った。


「平次君!?コナン君!?」


コナン君を乗せた平次君が、バイクで検問所を突っ切っていく。
そっちに駆け上がって何を…ってまさか行く気!?


「何や!何であんなに勢い良く燃えてんねや!」
「何かの燃料に引火したんやと思われます!」
「消防はまた来いひんのか!」
「園内は道が狭ぉて、消防車が入ってこられへんとの事で…」
「確か防災設備もダウンしてるんやったな」
「はい…」
「万事休すか…」


皐月堂を前に、船着き場では何も出来ない日本警察が立ち往生していた。
こんな所に消防車が簡単に入れるわけないし、入れた所で距離だってある。
此処での犯行だけは避けなければならなかったのに。

湖に面した断崖に聳え立つ皐月堂は、火柱を上げ煌々と燃え続けていた。
油が流れ出ているのか、焦げ臭さと鼻につく臭いが漂っている。
私達の詰めが甘かった───最初から此処が舞台だったのだ。


「斎藤さん!危ないですから、あんさんも下がっといて下さい!」


あの知識も行動力もある探偵2人なら、今あそこにいる3人全員を助けようとするはず。
優先順位としては、まず第一に消火だ。
火を消さないことには始まらない。
次に脱出。
火を消したとしても皐月堂は木造だから損傷が激しく、救助ヘリも容易に使えない。
なら、無理矢理にでも唯一の出入口であるエレベーターでの正規ルートを使うことになるだろう。
そしてその指示をするためには、此処からじゃ遠すぎる。
やっぱり乗り込むしかない───


「綾小路警部、救命ボートを用意しておいて下さい」
「救命ボート…?」
「偉そうに言える立場ではないですが…ギリギリまで皐月堂に近付いておくことをオススメします」


煙を上げる皐月堂の頭上、崖から何かが飛び出した。
それは傍らの紅葉が綺麗な木々を蹴散らし、皐月堂へと突っ込んでいく。
そして次の瞬間には、建物の脇で見覚えのあるサッカーボールがみるみる膨らみ、激しく落下する滝の流れを変え始めた。
コナン君だ。
これで消える…!?


「何や!何が起こってるんや!?」


小さな探偵の思惑通り、火は消えた。
けど煤となった足場は今にも崩れそうだし、中心部に通っているはずのエレベーターがまともに動くかは分からない。

焦るな、落ち着け。
此処にいる私に出来ることはない。
彼らが動いてから、どう動くかだ。


「!」


皐月堂の照明が落ち、メキメキと音を立てて崩れ始めた。
程高い断崖に聳えるその足元が潰れていく。
しかし柱の中間部から、何かが飛び出した。


「エレベーター!?」


辛うじて建っている柱から伸びたケーブルと、断崖に繋がったケーブルの間に、四角い箱がぶら下がっている。
大きく揺れて飛び出してはきたが、湖に着水はしていない。
救命ボートがエレベーターに向かう中、皐月堂は大きく傾き、今にも倒壊しようとしていた。
助け出されたのは紅葉ちゃんと阿知波会長、コナン君…崖にケーブルを繋いだのはコナン君ってことか。
本当におそろしい探偵さんだ。


「平次君と和葉ちゃんは…!?」


その時、皐月堂から飛び出した何かが空を切る。
それを押し出すかのように、大きな爆発が起きた。


「あのバイク…」
「平次君…!?」


爆風の力も借りながら、バイクは断崖にあった滝壺へと落ちていく。
時同じくして、皐月堂は跡形もなく湖へと沈んでいった。
無茶はどっちよ、無茶は。








翌日、和葉ちゃんとの勝負を制した紅葉ちゃんが平次君に告白しに行くと言うので、何故か私も同行することになった。
前々から思っていたけど、すかさず平次君の居場所を告げて車を用意し始めた伊織さんは、一体どんな情報網を持っているんだろう。


「ほな、ちょっと行ってきます」
「行ってらっしゃい」


高校生達の青春に口を挟むつもりはないので、私は車内で伊織さんと待機だ。
しっかり着物を着込んだ紅葉ちゃんは美人だし、性格も申し分ないし、思いを告げられた平次君も嬉しく思うだろう。
気持ちに応える応えないは置いておいて。
まぁこの車、返事を聞く前からブライダルカー仕様になってるけどね。


「斎藤様は行かれなくて宜しいのですか?」
「私がいても邪魔なだけだと思いますし…」
「服部様達もいらっしゃいますので、お嬢様ならお喜びになられるかと」


本当に伊織さんはよく出来た執事だ。
今も指示をすぐ聞けるようスマホ片手に待機しているし、主に忠実で仕事も正確。
紅葉ちゃんを信じているからこそ時には距離も置いているように思えるところも、いっそ羨ましいぐらいである。


「強引にお呼びしてしまいましたが、今回斎藤様に来ていただけて良かったです。ありがとうございます」
「お礼を言うのはこっちです。色々気も使っていただいて、充実した旅行になりました。呼んでいただいてありがとうございました」


僅かに微笑んでくれた後、伊織さんはサッとスマホを耳に当てた。
紅葉ちゃんからの指示が来たらしい。


「はい、お嬢様」


急発進したブライダルカーの中で、滅多に使うことのない携帯が短く震えたのが分かった。
手早くボタンを押せば、たった一行記されただけのメールが表示される。


『ti vengo a prendere』


そっと元通り携帯を仕舞い込むと、私は静かに隣に乗り込んできた紅葉ちゃんを出迎えた。


「おかえりなさい。もういいの?」
「はい。今日のところは、ですけど」


何処か清々しい彼女の横顔は、やっぱりとても綺麗だと思う。
この様子だと、to be continuedかな。


「…伊織、予定変更です。今日は絵里衣さんに京都を隅々までご案内する事にします」
「畏まりました」


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