翌日、予定通り皐月杯のトーナメント抽選会は行われた。
私も紅葉ちゃんと伊織さんに同行させてもらったけど、そこで意外な人物と遭遇することになった。
ロビーのクローク前に、平次君から聞いた未来子ちゃんと思しき腕を吊った女の子と、着物姿の美人を引き連れた和葉ちゃんを見つけたのである。

伊織さんを従え、紅葉ちゃんがそちらへ歩み出した。


「そんなに練習したいんやったら、ウチが相手致しましょか?その子が決勝まで勝ち残れるとは思えませんし」
「くうぅ〜!何やとぉ!?」


あからさまな挑発に怒りを露わにした和葉ちゃんを片手で制したのは、着物姿の女性だ。


「和葉ちゃんは休んどき」
「おばちゃん!」
「私がお相手します。私では不満ですか?」


紅葉ちゃんがハッと息を飲んだのが分かった。
正直、私はかるた界のことは全く知らない。
けど、どうやらこの女性、なかなかの実力者らしい。


「元クイーンの池波静華さんが、何でこの子のために…」
「それで、お手合わせしてもらえるんやろか」
「そこまで言わはるんやったら、お願いしますわ」


つまり元クイーンと未来のクイーンの実力者対決か。
この試合、かなり価値のあるものかも。


「絵里衣さん…」
「和葉ちゃん」
「平次から聞いてたんやけど、ホンマに紅葉さんとおるんですね」


手合わせのために和葉ちゃん達が宿泊している部屋へ移動している最中、暗い表情の和葉ちゃんがそう言った。
紅葉ちゃんと何やら拗れているらしい彼女からすれば、私は敵に見えるだろう。


「執事の伊織さんと知り合いで、たまたまね。それにしても、和葉ちゃんがかるたやってたなんて知らなかった。紅葉ちゃんと試合することになってるみたいだし…」
「成り行きで…それにアタシが決勝行ったらの話やけど」
「ホンマごめんな和葉…こんな事なってしもて…」
「未来子のせいちゃうよ。やるって決めたんアタシやし。あ、そうや未来子は初めましてやんな。平次と東京行った時に知り合ったバイオリン奏者の絵里衣さん」


自分の怪我のせいで和葉ちゃんが紅葉ちゃんと戦うことになったのだと声を落とす未来子ちゃんと、出場は自分の意志だと声をかける和葉ちゃん。
元クイーンの池波静華さんの正体が平次君のお母様だと言うし、何故か勝った方が平次君に告白することになってるし、こっちもこっちでちょっとした事件が起きている気がする。








「久しぶりに楽しませてもらいました。ありがとうございます。戻りましょか伊織、絵里衣さん」
「はい」


部屋に着いてから、試合終了まではあっという間だった。
広い和室が続く畳の上で、かるた札が寂しく取り残されている。
それらは全て静華さんの陣地にあった。
脇で黙って見ていただけの私でも分かる実力差。
しかし試合の中身自体は、互いに一歩も譲らない、最後まで緊張感に包まれたものだった。


「そやけど凄い度胸あるんやなぁ。この程度で驚いてはって試合に出るやなんて」


紅葉ちゃんの口から嫌味が零れ出る。


「よぉ覚えとき…ウチの名前は紅葉。アンタみたいなただの葉っぱちゃいますから」
「は、葉っぱ!?」
「もうそれくらいにしときよし!」


先程同様静華さんがぴしゃりと制止しても、紅葉ちゃんの舌は止まらない。


「いくら相手がアンタみたいな素人でも、ウチは手ぇ抜いたりしません!前に素人相手に油断して、屈辱的な負け方をした事がありますから」


紅葉ちゃんが言う『素人』は、平次君のことだろう。
でもその負けが彼女の活力となり実力に結び付いているのだから、高校生競技かるた界で平次君はとんでもない重要人物だ。


「あんな悔しい思い、金輪際したない。せやから、やるからには全力でいかせてもらいます!」
「の、望むところや!」
「まぁ、かるたの話はそれくらいにして…アンタこんなところにいてええの?会長も心配してはるんちゃいます?」


静華さんの言う通り、これから私達は明日のリハーサルをするため京都に移動する阿知波会長達と共に、警察の護衛付きで帰宅しなければならない。
そのついでに京都の街並みを車窓観光してくれると聞いているけど、状況が状況だし、紅葉ちゃんは試合の準備に集中したいだろうから適当に切り上げてもらわないと。


「ご心配おおきに。せやけどウチは大丈夫です。何しろ西の名探偵・服部平次君がついていてくれはりますから」
「それ、どういう事?」
「あらぁ、何も聞いてないんですか?平次君はウチのボディーガードなんです」
「ええ〜!?」
「昨日も一睡もせんと家の前で見張りしてくれはって…ウフフ」


そうだ、平次君。
きっと彼はまた紅葉ちゃんの警護につく。
明日のスケジュールについても、摺り合わせておく方がいいかも。


「ほな、そろそろ行かせてもらいます。明日の試合、楽しみにしてますわ」
「和葉ちゃん、また連絡するね」


伊織さんが襖を閉めるその一瞬、肩を落とし項垂れる和葉ちゃんが見えた。
精神的なダメージは大きそうだ。

対して凛とした姿勢を崩さない紅葉ちゃんは変わらぬ様子で、阿知波会長と、同じく皐月会会員である関根さんと合流し、談笑しながら地下駐車場へと移動する。
そこには既にパトカーも待機していた。
今からそれぞれ自分の車で、パトカーに挟まれるかたちで京都へ向かうそうだ。
何も起きなければいいけれど、日本警察が目を光らせていようが100%はない。
紅葉ちゃんの車───車に詳しくない私でも分かるロールスロイスの後部座席は、空間が広すぎて落ち着かないし、余計な勘ぐりかもしれないが、私からすれば隙がありすぎるように思える。
隣に座っているぐらいでは、ほとんど意味がないだろう。

程なくして、車は緩やかに地下駐車場を出発した。
先頭はパトカー、続いて阿知波会長、私達、関根さん、そして最後尾もパトカーと、厳戒体制で一般道路へと進んでいく。
が、事件はすぐに起きた。


「きゃああ!」
「!?」


後ろから大きな爆発音が響いたかと思いきや、車体が激しく揺れる。
勢い良くぶつけた肩の痛みを歯を食いしばることで逃がしつつ、頭を庇い体を縮こませる紅葉ちゃんに覆い被さるように体勢を低くしたところで、強い圧力で天井がひしゃげてしまったのが分かった。
間違いない。
真後ろの───関根さんの車が爆発したのだ。


「紅葉お嬢様!斎藤様!」
「紅葉ちゃん大丈夫?動ける?」
「は、はい…一体何が…」
「伊織さん、私達は大丈夫なので、とりあえず外へ!」


潰れてしまった車から外へ出てみれば、すぐ後ろで煙を上げた車が横転していた。
この運転席には、関根さんが───。
慌ただしく動く日本警察の中に、平次君とコナン君もいる。
探偵や警察がいる目の前で堂々とやってみせるとは…なんて挑戦的なのだろう。

現場は彼らに任せるとして、爆発に巻き込まれた紅葉ちゃん、伊織さん、私は病院で診てもらうこととなった。
警察と救急から話は行っているらしく、診察自体は早くしてもらえたが、念のため検査を受けることになったせいで、思ったより病院で足止めを食らうことになりそうだ。


「絵里衣さん、先生は何て?」
「大したことないよ。ちょっと打っただけだから、安静にしてるようにって」


診察を終えロビーに戻ると、今にも泣きそうな紅葉ちゃんが駆け寄ってくる。
私の怪我に責任を感じているようだけど、爆発の衝撃で受け身を取らないまま少し窓に突っ込んだだけで、大した怪我ではない。
診察を担当してくれたお年を召した男の先生からは、所謂打撲だから2週間程安静にするように言われただけだ。
左肩は前にも怪我をしたことがあるので、少々悪化しやすくなっているらしい。

ソファーに座って紅葉ちゃんを宥めていると、伊織さんがそっと傍を離れた。


「その声は服部様ですね」


困ったような彼の目が、チラリと紅葉ちゃんを捉える。
平次君から電話って…警察側で何かあったのか。


「メールですか」
「どないしたん?伊織」
「服部様よりお電話で」
「平次君から?替わりなさい伊織」


伊織さんのスマホに飛びついた紅葉ちゃんは、不思議そうに、そして嬉しそうに話をしている。


「メールって…どしたん急に。そんな事より平次君から連絡くれるなんて嬉しいわぁ」


会話を続けながら、私との間にあったハンドバックを漁り、スマホを抜き出した。
手慣れた様子で画面をタップする。


「あ、何やのこのメール。添付ファイルだけ」


添付ファイル?
手元を覗き込めば、スマホには2枚のかるた札が表示されていた。


「凄い!何で分かったんです?え?うん…嵐吹く三室の山のもみぢ葉は…」


秋を詠んだ百人一首…?
これが今回の犯行予告ってことか。


「なんぼ平次君の頼みでもそら聞けません。明日の皐月杯に備えなあきませんから」


平次君は紅葉ちゃんに家に帰るなとでも言ったのだろうが、彼女はそれをきっぱりと拒否してみせた。
命を狙われている可能性も高いというのに、それ程までに彼女にとって皐月杯は大きく絶対的なものらしい。


「ウチは大丈夫です。平次君がいてくれるから。守ってくれますんやろ?ウチの事」


紅葉ちゃんに何を言っても大きな予防にはならない。
周りから固めて阻止しないと、犯人の思う壺だろう。


「あの約束、忘れてませんから。ほなまた」








それから暫く待って検査結果は出たものの、行方不明だった紅葉ちゃんのパスケースを拾った人が此処まで届けに来てくれると言うので、その間に平次君に連絡を取ってみることにした。
1コールで弾けるように電話に出てくれたから、どうやらちょうどいいタイミングだったらしい。
そうだ、和葉ちゃんにもメールしておかないと。


『ほんで、検査結果は?』
「皆異常なしだから大丈夫。そっちは進展あった?紅葉ちゃんのメールがどうこうまでは知ってるけど」
『ああ、紅葉に送られとったかるたが添付されとるだけのメール…あのかるた札、紅葉の師匠の得意札らしいんや』


皐月会と因縁のある名頃会の会長・名頃鹿雄。
死んだと思われていた彼が実は生きていて、復讐のために自身の得意札を犯行予告として送りつけた───?
であれば紅葉ちゃんも、そして因縁のある皐月会の会長・阿知波さんも集まる明日はまさにXデーだ。


『紅葉ん家の警備は強化するけど、何かあったらすぐ連絡くれや』
「分かった。明日も関係者として中にいるから、出来るだけ注意はしておくね」
『平次兄ちゃんスマホ貸して…あ、絵里衣さん、コナンだよ!平次兄ちゃんから話は聞いてるんだけど…無茶はしないでね。何かあったらすぐ教えて』
「それ受け取り方が多すぎて困るんだけど…沖矢さんに何か言われた?」
『おいこら、ちょお返せ…オレからも言うとくけど、無茶はせんといてや』
「平次君に至っては2回目だし…私の本職知ってるよね?一般人の君達2人が首を突っ込んで無茶する方が心配だし問題だし、私の方が余程動けると思うんだけど…そんなに無鉄砲に見える?」


日本で違法捜査中のFBIが背後にいるからか何なのか、自分より遥かに年下の学生2人に自制を促されるって一体…。
確かに私は表立った捜査官ではないけれど、そんなに無謀なことはした覚えはないし、平次君に至っては会ったことも少ないし、それこそパンケーキ店に行った時ぐらいしかボロは出していないはずなのに。


『ちゃうちゃう!アンタとは似たモン同士やからな…ただそれだけや』


似た者同士だから…ねぇ?


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