予定より早く着いてしまった。
せっかく京都入りしたことだし1人観光でもしようかと思ったけど、待ち合わせ相手に連絡をすれば先に家に上がっていてほしいと言われてしまったので、敢えて公共交通機関フル活用で向かうことにした。
それでもあっと言う間の到着だったけど、それは最寄り駅までの話で、そこからが長かった。
何処が入口かも分からないまま、高い塀沿いを延々と歩いて漸く辿り着いたのは、それは立派な門構え。
外から見てこれなのだから、中もきっと予想を遥かに超える広さなのだろう。

話は通っているらしく、お手伝いさんにすんなり招き入れられ、やはり見たことない程広々とした敷地内を移動し、応接間らしき部屋へと通された。
庭の草花が美しく風流を感じることは出来たけど、広すぎて正直落ち着かない。
手持ち無沙汰にスマホを触ってみても、日売テレビ局爆破というテロのような事件ばかりが目に飛び込んでくる。

ある意味興味深いニュースを読みながら待っていれば、それから10分もしない内に例の2人が帰宅した。
ご令嬢の大岡紅葉と、執事の伊織無我だ。


「えらいすんません、お待たせしました」
「いえ…私が予定より早く来てしまっただけなので」


ネット上で何度も見た顔が目の前にある。
一見制服姿が似合うただの女子高生ではあるが、かるた界では未来のクイーンと称され、強気な攻めかるたで他を寄せ付けない強さを誇るらしい。


「伊織、お茶を」
「畏まりました。お部屋で宜しいですか?」
「ええ。頼んます」


どうぞ、と案内されたのは、迷子になりそうな程広い屋敷の一角にある、それは大きく綺麗な部屋だった。
かるたのためだろうか、一部畳のスペースはあるが、基本的には洋室がベースとなっている。
そこに置かれたソファーに腰を下ろせば、伊織さんがちょうど部屋にやってきた。
ワゴンには紅茶とお菓子のセットが用意されている。
それらをいただきながら本題に入るも、紅葉さんはさも当たり前という口振りで言った。


「伊織から聞いてませんか?平次君はウチの未来の旦那さん…未来の伴侶として、お姉様に挨拶するんは当然です」
「私が彼の実の姉じゃないっていうのは、勿論知ってますよね?」
「勿論です。実の姉やのうても、平次君が姉のように慕ってるならご挨拶は当然や思いませんか?」


そもそも、それは言葉の文というやつだけど。
と言いたいところだが、彼女はなかなか手強そうだ。
凛とした外見の美しさだけでなく、内面も見た目同様芯が通っているらしい。
緩やかな京都方言からも、上品さだけではなく意志の強さが伝わってくる。


「でも良かったわぁ。絵里衣さんが伊織が言うてた通り、しっかりした人で。内面が容姿や仕草にも現れてはります」
「多分それは紅葉さんに、平次君絡みのフィルターがかかってるからだと…」
「さっきから思てたんですけど、そんな他人行儀やめてくれはります?ウチはこれからずーっと仲良ぉさせてもらいたいんですから」


大きな瞳に真っ直ぐ見つめられれば、彼女が本当に平次君との未来のために必死なのが伝わってくる。
許嫁という表現があっているのか分からないけど、とりあえず私を『平次君が姉と慕う特別な存在』として見てくれているのは理解出来た。
それを先日のポアロでの殺人未遂事件で出会していた伊織さんから聞き、この摩訶不思議な招待に繋がったというわけだ。


「ホンマはウチがそちらにお伺いするはずやったんですけど、時期が時期やったんで、今日ご足労いただいたんです。海外に長いこといはったって聞いてますし、時間あるなら京都も案内させてもらいます」


一応私の素性も調査済み、ね。
勿論同姓同名ばかりで何も出て来なかったと思うけど、怪しまれていないだろうか。
各界にコネクションがありそうだし、伊織さんもかなり優秀そうだから正直ヒヤヒヤする。
こんなことで本職を種明かしなんて出来るはずがない。

にしても、平次君にこんな相手がいたとは驚きだ。
彼自身が先日和葉ちゃんに思いを伝えようとしていたこと、それから和葉ちゃんも彼に思いを寄せているということを知っている身としては疑問は残るけど、紅葉ちゃんが嘘をついているようには見えないし、少々ややこしいことになっているのかも。
平次君の家もお父様がお父様だから、コネクションは多そう。

それからも色々話を聞くことが出来た。
紅葉ちゃんにとって平次君がどんな存在かも話してくれたけど、まだ幼かった彼が『結婚する』ではなく『嫁に取る』と言ったなんて、なかなか古風な言い回しに思う。
関西では普通なのかしら。


「ちゃんとその時の証拠の写真も…あれ、何処行ったんやろ」


ハンドバックを覗き込みながら、紅葉ちゃんは首を傾げた。
大事な写真が入ったパスケースが見当たらないらしい。
「まぁええです。後で捜しましょ」とパスケース捜しを諦めると、彼女の視線は壁に掛けられた時計へと向けられる。


「もうこんな時間…時間経つんは早いわぁ。伊織、夕食の準備は出来てます?」


紅葉ちゃんが扉の方へ声をかければ、傍で待機していたのだろう、伊織さんが恭しく部屋へ入ってきた。


「はい。後は仕上げだけと聞いています」
「ほな、絵里衣さんをお部屋にご案内して差し上げて」
「はい」
「あ、いえ、もう私もホテルに向かうので…」


ピシッと空気が割れ、紅葉ちゃんと伊織さんが揃って私を見た。
おかしなことを言ったつもりはない、けど。


「面白い冗談やわぁ。お部屋はちゃんとウチで用意してありますのに…」
「え?」
「斎藤様、本日はどうぞお泊まりになって下さい。もう夕食も用意出来ておりますので」
「そこまでしていただくのは申し訳ないですし…」








ホテルは無事キャンセル出来た。
結局2人に押し切られ、部屋を借りることになったのだ。
家主不在の大豪邸には部屋が余っているらしく、それは広々とした客室を使わせてもらうことになるし、特別に用意させたという豪勢な夕食も見た目だけでなく栄養価まで考えて作られた素晴らしいものだったし、ちょっとリッチな旅行気分である。


「あ、伊織さん」


自由に使って構わないと言われた来客用の浴室から出たところで、トレーを運ぶ伊織さんと遭遇した。
載っているのはティーポットとカップ2つ。
紅葉ちゃんの部屋ではなく、あの大きな玄関に向かっているらしい。


「服部様と警察の方を労うよう仰せつかったので、お茶をお出しするところです」
「平次君が此処に?」
「はい。今日起きた殺人事件の関係でしょう」


日売テレビ局爆破のニュースしか目に入っていなかったけど、その一方でかるた界で有名な矢島俊弥という男性が殺されたそうだ。
その矢島さんは紅葉ちゃんも所属する皐月会のメンバーで、本当なら日売テレビで彼女とかるたのデモンストレーションをするはずだったらしい。
さっき紅葉ちゃんと喋った時は、そんな話一切出なかったのに…爆破と殺人、関連があると断言出来なくとも、平次君や日本警察がマークするのは当然だろう。
少なくとも皐月杯が終わるまで此処にいる予定だし、これは私も首を突っ込まざるを得ない気がする。


「お勤めご苦労様です」
「は、はあ…」


門のくぐり戸を抜ければ、伊織さん越しに平次君とスーツ姿の男性が目を丸くしたのが見えた。


「私、紅葉お嬢様にお仕えしている伊織と申します。少し休憩して、お茶でもいかがですか?」


2人揃って呆れかえっている。
何と言うか…この場合その反応が普通よね、うん。
伊織さんで陰になっていたからか、私が後ろから顔を出せば、平次君が声を上げた。


「絵里衣さん!?何でアンタが紅葉ん家に!?」
「伊織さんと知り合いで、ちょっとね…それより事件のことだけど」
「ああそうや、ちょうど良かった!絵里衣さんの意見も聞かせてくれや」
「その前に…失礼ですが、どちら様ですか?」


不要な情報漏洩を防ぐためだろう、口を挟んだのは傍らにいたスーツ姿の男性だ。


「ああ、警部さんは初めましてやな…演奏家の斎藤絵里衣さんや。あのボウズ並に頼りになるで」
「へぇ…大阪府警本部長のご子息である西の名探偵が、あの小さな探偵さん程に信頼する演奏家ですか」
「ただの演奏家やなくてオレと同…あー、いや、何ちゅうか姉貴みたいなモンでな、結構頭切れるし、味方につけて損はないで」


平次君、それ全然誤魔化せてないよ。
その言葉を飲み込んでとにかく触れずに流していれば、それ以上追求されることはなかった。
京都府警の刑事だと名乗った綾小路警部も実力のある人みたいだから、知り合いの平次君が言うから深追いはしないというだけなのだろう。

って言うかさっきから、警部の胸ポケットからチラチラと真ん丸おめめが見えるのが気になって仕方ない。
リス?
リスなの?
リス連れてるの?
平次君も特に何も言わないし、これが普通なの?


「そんで事件やけど…」


リスの頭を撫でている綾小路警部と、見慣れているのかツッコミもしない平次君が話してくれた内容はこうだ。
今日の14時頃、かるた番組撮影のため、皐月会の会長である阿知波さんと、会員の紅葉ちゃんが日売テレビ局にいる時に爆破事件が起きた。
死者は出なかったものの、阿知波会長や平次君の同級生が怪我を負い、大阪府警にかるたのイラスト付きの妙な犯行声明まであった事件だ。
そして爆破事件が一段落した頃、本来紅葉ちゃんとデモンストレーションを行うはずだったのにスタジオに現れなかった矢島さんが、どうやら朝の時点で京都の自宅で何者かに殺害されていたと発覚。
この2件に関連があると断言することは出来ないが、このタイミングで起きているのだから疑ってかかるのは当然である。
同一人物の犯行なら狙いは皐月会だろうし、紅葉ちゃんを監視───警護するのもまた当然だ。


「少なくとも皐月杯が終わるまではこっちにいるつもりだから、出来るだけ気を付けとく。毛利探偵達も来てるんだよね?」
「あっちは大阪で阿知波さんについとる。絵里衣さんもおるならまぁ多少は安心やけど…無茶はせんといてや」
「平次君もね」
「オレの心配はいらへん。自分の心配しといてや。一見どう見てもただの華奢な姉ちゃんなんやから」
「つまり、第一印象とは違う言うわけですね」


綾小路警部からスレスレの相槌が飛んでくる。
もうこれ勘ぐられてると思うんですけど。


「お話はお済みでしょうか」


伊織さんの声が背後から聞こえたかと思ったら、肩に何かをかけられる。
厚手のカーディガンだ。
いつの間に用意したんだろう。


「あまり話し込まれていると、斎藤様が湯冷めしてしまうかと…必要なら部屋を用意して参りますが」
「いらんいらん。オレと警部さんはこの周り見とかなあかんし。ほな絵里衣さん、また連絡するわ」
「ありがとう。伊織さんもお気遣いすみません…ありがとうございます」
「いえ…」


恭しく頭を下げた伊織さんに背中を押され、中へ入るよう誘導される。


「分かってる思いますが、我々がおる言うても、くれぐれも注意を怠らんといて下さい。大岡紅葉が狙われる可能性も十分考えられますからなぁ」
「心得ております」


その後ろで、くぐり戸が小さく音を立てて閉められた。


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