それから、本当に奥まった位置にあった喫茶店でコーヒーをご馳走になってから近くまで送ってもらった。
ここまで彼の計画のうちだったのだろう。
おそらくこの先の展開も父と打ち合わせてあるんだろうけど、この時彼の口からは何も語られなかった。
寧ろいつも通り、優しく気遣いも出来る完璧な姿を見せつけられただけである。

そしていつもよりは少し重い足取りで阿笠邸の門を潜ろうとしたところで、気配を消して気が付いたら後ろに立っていた沖矢さんに有無を言わさず工藤邸に連れ込まれ、挙げ句すっかり見慣れた客室のベッドに放り投げられた。
そう、文字通り易々と放り投げられたのである。
ほとんど痛みを感じなかったのは高価な寝具だからだろうけど、何故こんな目に遭わなければならないのかは全く以て理解出来ない。
と言うか、完全に行動が犯罪だ。


「何ですか、急に…」


スプリングのきいたベッドに乗り上げてくる沖矢さんは、無言のまま。
ただその雰囲気から、機嫌が良くないのは伝わってくる。
つまり、私の言動で何か気に食わないことがあったのだ。


「どういう事か、説明はしてもらえるんだろう?」


変声器までオフにして、沖矢さん───赤井さんは静かに言った。


「何のことでしょうか」


意図が読めないので素直に返すと、彼は溜め息を吐いて続ける。


「…今日、誰と何をしていた?」
「安室さんと引っ越し先探しを」


盗聴器…であればちょうどそれを警戒していた安室さんが気付いただろうし、2人でいたところを見られていたのか。
確かに赤井さんに相談もせず動いていたとなれば、けして面白くはないだろう。
今のところジェイムズさんやジョディにも話していないし、完全に私の独断なのだ。
偶然組織の一員であるベルモットと顔を合わせ所在がバレようとしている奴が、スパイと言っても同じ組織の一員であるバーボンと行動を共にし、その上これから単独行動に出ようとしていたのだから、FBIからすれば迷惑この上ない。
『お姫様』を餌に食いついてくるのならまた話は変わってくるが、結果論は結果論である。


「もうお分かりかもしれませんが…今回は父の策に乗ることにしました」
「成程、そちら側という事か。だからこの状況にも関わらず彼も接触した、と」


さすが、聡い赤井さんはもう事態を把握したらしい。
本当に、私の周りの人達の頭の中は一体どうなっているんだ。
安室さん…もとい零さんの立場も知っているだけあって、配置は筒抜けということを置いておいても読まれすぎじゃないか。
狙う獲物は同じでも、我々は別組織なのに…なんて、今の私が言える立場ではないけれど。


「背後を加味すれば最善ではあるな。些か腑に落ちんが…………」
「?」


開かれた赤井さんの瞳が何かを物語っている。
しかしその視線を辿っても、特筆するようなものはないように思われた。
体を起こそうと肩を浮かせば、強い力で押さえつけられる。


「ちょっ…」
「ホォー、随分と親しくなったようだな」
「親しく…?」


体重もかけられ、ベッドに縫い止められた。
元より逃げ出せるとは思っていない。


「気付いていないのか」


グイと荒々しく襟元を開かれれば、顔から血の気が引いていくのが分かった。
まさか───


「…………っ」


利き腕で触れられたのは、やはり思い当たる節のある箇所だ。
ベルモットに持たされた盗聴器を偶然を装って壊すため、彼の唇が落とされた箇所。
生半可な演技で奴らを騙せるはずがないし、本当に触れてはいたけど、痕までつけているとは思わなかった。


「父親公認という牽制と受け取るべきか…」
「違います!これは盗聴器を壊すために仕方なく───」
「それはどうだろうな。彼がお前を特別視しているのは周知の事実だ」
「そうかもしれませんが、それは父が絡んでいるからで…そもそもあの人にそんな余裕も暇もないでしょう」
「ああ、そうだろう。だからこのような理由付けだけで、明確には踏み込めない」


薄い皮膚を辿られ擽ったさに身を捩れば、今は表情だけはいつも柔和な彼に、うっすらと笑みが戻った。
だがそれはけして素直なものでなく、狩りを行う肉食獣のような、何処か獰猛なものだ。


「俺がいくら欲しいと言葉にしても、お前も、そして俺も応える事が出来ない。それと同じだ」


分かってる。
赤井さんにとって私は、仲間の1人であり、任務達成のために使える駒の1つ。
私にとって赤井さんは、仲間の1人であり、任務達成のために必要な銀の弾丸。
向かう方向は同じでも、けして舞台上で交わることはない。
今はそうでなくてはいけないのだ。
例え何が起きようとも。


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