「秋風に〜たなびく雲のたえ間より〜もれ出づる月のかげのさやけさ〜」


皆が推理を巡らせている中、右耳にイヤホンをつけたまま、和田さんは突然よく響く声でそう詠んでみせた。
5・7・5・7・7のリズム…これは百人一首?
だがこの一言で、西の高校生探偵はピンと来たらしい。
今時の高校生は百人一首にも精通しているのね。
今更ながら彼らの知識量に感服すると同時に、私の知識不足が残念でならない。
一応百人一首は授業で習ったが、それはまだ日本にいた小学生の時で、あくまでカルタという程度でだ。
つまり、作者やその句の意味などの深掘りはしていないのである。


「犯人も切れ間から見てたんや…誰がどこに座ってるんかを」


自分の一言がキッカケとなった平次君の推理を、例の和田さんは録音しているらしい。
微動だにせずスマホを彼の方に向けて───いや、録音ではなくもしかして通話中?
わざわざ誰に、何のためにこの推理を聞かせる必要があるのだろう。
平次君は西の高校生探偵としてメディアにも取り上げられているし、実は和田さんは出版関係者とか?
でもそうなら普通ICレコーダーを使うか…そもそも彼に対して残るのは、それは見事に違和感ばかりだ。


「理科の先生が言ってたんだ!磨りガラスにセロハンテープを貼ると、普通のガラスみたいになるって」


実演を交えながら、コナン君や安室さんも次々とトリックを暴いていく中、私がそちらではなく自分を気にかけていると気付いたらしい和田さんと目があってしまった。
先程同様動じることなくスマホを平次君に向けたまま、彼は小さく口を開く。
その薄い唇は、音を立てずに言葉を綴った。


『おはなしがあります』


このお誘いの意図、そして要件は読めないけど、間違いなくこれは自分で蒔いた種である。
大積さんが犯行を認め、勘違いから起きた殺人未遂事件の解決を見届けてから、和田さんと私はそっとポアロを出た。
皆そちらに夢中のようで、私達を追ってくる気配はない。
まぁもしかしたら、安室さんぐらいは私達に気付いていたかもしれないけど、例の組織絡みではないと判断するのは正解だろう。


「お時間いただき申し訳ございません」
「此方こそごめんなさい。じろじろ見てしまって…」
「いえ、流石の観察眼だとお見受け致しました」


この後羽田空港に向かわなければならないと言うので、場所を変えてレストラン・コロンボで手短に話をすることになった。
その間親切に椅子を引いてくれたり、レディ・ファーストなエスコートをしたりと、先程とはまた違う謎が増えている。
さて、彼は一体何者なのか。


「私、大岡家に仕える伊織と申します。先程は諸事情で身元を隠さねばなりませんでしたので、偽名を名乗っておりました」
「大岡家…」


つまりこの和田さんもとい伊織さんは、大岡家の執事のようだ。
大岡家と言われても私は正直ピンと来ないが、さぞ大きな家なのだろう。
でなければ、このような執事がいるはずがない。
それにこの人、おそらく凄く頭がいいと思う。


「失礼を承知で申し上げます。私と連絡先を交換していただけませんでしょうか」
「………はい?」


聞き間違いかと思ったけど、伊織さんの表情は真剣なまま崩れなかった。
あの刹那のやり取りの要件が連絡先の交換なんて…てっきり文句でも言われるかと思っていたので、ある意味拍子抜けだ。


「これは私の独断です。しかし我が主、紅葉お嬢様の為になる事だと考えています」


大岡紅葉───これが彼の雇い主の名らしい。
私と連絡先を交換することでそのお嬢様に利がある、という意味はまだ分からないが、曇りなく真っ直ぐ見つめられれば腹を括るしかなかった。


「事情は分かりませんが…私と繋がっておくと、伊織さんが執事としてお嬢様の役に立てるってことなんですよね?」
「左様でございます。勿論無理にとは申し上げません。ただ…強制は致しませんが、協力はお願い出来れば幸いです」


そこまで忠誠を誓わせる紅葉お嬢様とは、一体どんな人なんだろう。
そして私が、その人にどういう風に関係してるんだろう。
まさか本職がバレているわけではあるまいし、仮の姿でも当然知名度があるはずがない。


「分かりました」
「ありがとうございます。またご連絡いたします」


私が承諾すれば、伊織さんは漸く肩の荷が下りたのか緊張を解いたようだった。
これが彼の素ということなのだろう。
この一瞬を見ることが出来たのは、なかなか貴重かもしれない。

連絡先を交換した後は、たわいもない話を少ししただけですぐ解散となった。
今から羽田空港に向かうのだから、京都まではまだ長い道のりだ。
私はそちらに行く予定はないし、早めに種明かしをしてもらえると助かるんだけど。
それまでにネットに潜れば何かしら引っかかるかな。

邂逅はたったこれだけ。
後日彼と早々に再会を果たすだけでなくお嬢様にまでお目にかかることになろうとは、この時の私はほんの少したりとも思っていなかった。


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テーマ「人外ファンタジー」
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