「急に呼び出してスマンかったなぁ」


喫茶ポアロの扉を潜れば、すぐに平次君が片手を上げて声をかけてくれた。
その向かいのソファー席にいたコナン君は、ぱちくりと大きな瞳を瞬かせている。
前々から思っていたけどこの2人、兄弟と言うよりは親友と言う方がしっくりくるような仲の良さだ。


「はっ…平次兄ちゃん、絵里衣さんと待ち合わせしてたの?」
「せっかく時間出来たんやし、同性の意見聞けるんやったら聞いとこ思てな」


コナン君の横に腰を下ろせば、それは眩しい笑顔の安室さんが注文を聞きに来てくれる。
正直、私は此処には来たくなかった。
安室透がいるということもそうだけど、ベルモットに変装のターゲットにされた梓さんもいるし、今の私は距離を置くべきだろう。
平次君にも───そして本日のキーパーソンである和葉ちゃんにも、一切関係のない話だけど。


「なぁ絵里衣さん、その…錦座4丁目のイルミネーション見たことあるか?」


時間もないからと、言いにくそうにもごもごしながら、平次君は声を抑えて言った。
視線もそわそわ騒がしいし、恥ずかしいのか心なしか頬が赤いように見える。
そもそも、和葉ちゃん絡みで力を貸してほしいと呼び出されているので大体の要件は分かっているけど…これは是非応援したい展開だ。


「ううん、TVではあるけど」
「ほな、日にちって…」
「お待たせしました」


その声と共に、アイスコーヒーと、その隣にスコーンの入った可愛らしいピンクの皿が置かれる。
思わず顔を上げれば、整った顔が柔らかく綻んだ。


「僕が作った試作品なんですが…宜しければどうぞ」
「いいんですか?」
「なんや、絵里衣さんにだけかいな」
「女性客向けの試作品なんだ」


だからこれは特別と笑う安室さんは平次君の事情を知っているらしく、「それにコナン君はまだしも、今の君は味が分からなそうだし」と付け足しながら、クッキーの載った皿を2人の前にも並べてくれる。


「それにしても、随分絵里衣さんと仲が良さそうですね」
「そうか?」
「ボクから見ても、平次兄ちゃんと絵里衣さん、そんなに会った事ないはずなのに、すっごく仲良さそうに見えるよ」
「そう?」


確かに、会った回数のわりに仲は良いのかもしれない。
と言うより、平次君が心を開いてくれてるからそう見えるだけなんだろう。
何故かは彼が人見知りするタイプじゃないからとしか説明出来ないが、考えてみればいくら私の本職を知っているとしても気さくすぎるような。


「あー、まぁ何やろな…似てるっちゅーか…オレからしたら、知り合い言うより姉貴みたいなモンっちゅーか…」
「姉、ですか…」


これには私も驚いた。
そんな風に近い存在と思ってもらえているのは、素直に嬉しい。
今日の相談だって、親しくなければしないような内容だろうし、だからこそ私もこのポアロにすぐ駆け付けようと思ったのだ。


「そんで、嫉妬せんでもエエ相手って分かったはずやけど…腑に落ちんって顔やな」
「いえ、姉のような存在と割り切っているのであれば、恋愛に発展する可能性は低いでしょうが…それより強い家族的な繋がりを感じているのなら、やっぱり羨ましいと思ってね」


これは安室透としての発言…と捉えていいのだろうか。
彼は私を───斎藤絵里衣を知っている。
組織的に上の立場にある私の父から、直々に娘の手助けを頼まれているのだ。
彼の本職を考えれば、何だか私が腑に落ちない。

───そう、腑に落ちないのだ。
最近の彼は、一線を介して私を見ているように思えない。
寧ろそれを全て取り払い、ダイレクトに私と向き合っているように思える。
いや、向き合っていると言うより、見透かしているような───


「絵里衣さん?」
「!」
「失礼します…熱はなさそうですね」


一言断ってから、安室さんの手が前髪を掻き分け額に触れた。
そうしている時も真剣な眼差しは、容赦なく私を貫いていく。
真っ直ぐ心臓を撃ち抜くように。
その裏まで見通すように。


「何かあったらすぐ言って下さいね」
「…ありがとうございます」


どうやら、少し思考を飛ばしすぎていたらしい。
優しく微笑んでみせてから、彼は持ち場へと戻っていった。

私達の他にも客はいる。
私は一般市民として、ただ高校生の友人のサポートに来ただけだ。
それ以上でもそれ以下でもない。


「ちょっと音出るけど…ヨロシクちゃん♪」


そう声をかけてきた隣のテーブルにいた大学生ぐらいの髭面の男性が、何やらPCを触り始めた。
そう言えば、逆隣は帽子を被ったまま静かに紅茶を飲んでいる20〜30代の男性だし、時間帯のせいかポアロにしては珍しい客層な気がする。
蘭ちゃんと園子ちゃん曰く、安室さん効果で女性客がとにかく凄いと聞いていたから何だか不思議だ。


「───えっ?」


その時、突如店内が真っ暗になった。


「ウソ停電!?」
「い、今火花みたいなのが見えたけど…」
「あ、ああコンセントから…」
「梓さん、ブレーカーを!!」
「は、はい」


ついこの間もこんなことがあったが、どうやら先程のPCが原因でブレーカーが落ちたらしい。
私達は何ら困らないが、此処は飲食店。
冷蔵庫は大丈夫だろうか。


「ぐっ…ぐおっ」
「…?」


右からくぐもった声が聞こえたかと思うと、何か生暖かいものが頬にかかった。
流れ落ちる前に指で拭うが、辺りは真っ暗で何も見えない。


「うわああああ!!」


続いて悲鳴が響き渡る。
と同時に、何かが剥がれるような音も聞こえてきた。
まさかとは思うけど、この悲鳴が本物なら───


「梓さん早く!!」


暗闇の中、重量のありそうな物が床に落ちる音が聞こえる。
好ましくはないが、多分予想通り最悪の展開なのだろう。


「……っ」


やっと電気がついたかと思えば、先程PCを触っていた髭面の男性が椅子ごと倒れ、背中から血を流していた。
やはり今のは、刺された返り血が飛び散り、彼が床に倒れる音だったのだ。


「きゃああああ!!」


まだ息はあるようだけど、凶器はすぐ傍に転がっている長い刺身包丁。
危険な状態に違いない。

救急と警察への連絡と慌ただしくはあるが、この状況なら犯人は楽に見つかると思われた。
しかし隣の席にいたコナン君や平次君、そして私にまで飛んでくる程勢い良く血が散ったはずなのに、被害者である安斉さんの友人達3人は誰も返り血を浴びていなかったのである。
いつの間にかポアロの扉前に移動していた紅茶を飲んでいた男性も、手も袖口も綺麗なものだ。
当然梓さんと安室さん、そして平次君、コナン君、私も手や袖口に血痕はない。
では犯人は一体どうやって…?








梓さんが呼んでくれた救急車と警察はすぐに来た。
が、その間に店内は勿論、防犯カメラの映像にまで目を通した安室さんは本当に無駄がない。
もう何度か顔を合わせたことがある警視庁の面々の聴取にも的確に答え、普段素晴らしい推理力や行動力を見せてくれるコナン君や平次君が静かに見えるぐらいだ。
私立探偵の設定がなければ、さぞ正体を疑われていたことだろう。

さて、私でも推測がつくが、十中八九犯人は安斉さんの同期の3人の内誰か。
だがもう1人、妙な人物がいる。
安斉さんが悲鳴を上げた直後に扉前に移動し見張っていたと言う、紅茶を飲んでいた男性だ。


「そういえばあなた…まだ名前を聞いてませんでしたよね?」
「私ですか?私は和田進一…医療関係者です」


和田進一…何処かで聞いたことがあるような…って、珍しい名前でもないか。
でも何だろうこの人。
上手く言葉に出来ないけど、何か雰囲気が違う。
今此処には小学生から警部までいろんな人が揃っているけど、何処かカテゴリーから逸脱しているような雰囲気なのだ。
医療関係者って…医者とか?
であれば、独特の雰囲気を持っていて正解になると言えばなるのかな。


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