一度調べたはずの一万冊の本を前に悪戦苦闘する中、紙の在処が分かったと声高らかに言ったのは、我らがcool kid・コナン君だった。
実演のため、彼は沖矢さんから手帳とペンを借りると、半分にちぎった紙に丸印を書き手帳に挟んでみせる。
そして毛利探偵に紙を探すよう言うが、あっさり見つかりそうなその紙は最後まで捲っても出てこない。
紙を挟んだページの下の方をちぎり、パラパラ捲った際に指に引っ掛からないようにしたのだ。

だがこの方法は、1ページ1ページ丁寧に捲らなければ読み飛ばしてしまう仕様、というだけである。
公華さんには絶対見つけられないと断言していた友寄さんは、この仕掛けに加え、そもそも彼女が読まない───読む必要のない本に隠していたのだ。
姑から特製レシピを教わったという、料理本の肉ジャガのページに。


「でも料理本は数十冊はありますよ!?」
「一万冊の中の数十冊だ!しかも肉ジャガのページを調べるだけなら、手分けすりゃ数分で…」


その時、突然館内の明かりが消えた。
途端聞こえてくるのはオルゴールの…大きな古時計。
続いてあの重量センサーによって作動するはずの鉄柵の音───キッドが現れたのか。

すぐに電気は点き、皆で絡繰箱へと向かう。
鉄柵の中の箱には、「箱の中身は頂戴した」と書かれたキッドからのメッセージが添えられていた。
この暗闇に乗じてあの絡繰りを解除し、月長石を奪うなんて…キッドは想像以上に手先が器用な奇術師らしい。

この混乱の間に、公華さんが料理本の中から絡繰箱の開け方の書かれた紙を見つけたので、実際に開けてみることになった。
彼女からすれば、月長石はどうでもよく、本当に欲しかったのは宝石と一緒に入っていたもう1つだと言う。
これで一段落なら、我々としては例の写真データ削除に取りかかりたい。
このセキュリティーなら、キッドはまだ館内にいるかもしれないからね。
何処かに隠れるよりは、既に私達の中に紛れていると判断するのが正しそうだ。
沖矢さんはずっと一緒にいたから違うし───


「貴女も来て下さい」
「え?」


抵抗なんてする間は勿論なく、考え込んでいた私は何故かその沖矢さんに足早に連行される。
手を引いてどんどん進んでいくけど、此処男性用のトイレだし…って、コナン君が個室の扉にぶら下がって何やら話をしているようだ。


「帰る前に返して頂こうか…君が撮った私と彼女の写真を」


逃げ道を塞ぐように、沖矢さんはコナン君がぶら下がっている扉に手をついた。


「アレが出回ると困るんでね…」
「いまいち話についていけてないですけど、とりあえずこの中にいるのキッドなんですね」


この狭い個室で小さな名探偵とFBI捜査官に挟まれるなんて、私だったら御免被りたいシチュエーションだ。
あのキッドと言えども、この状態で逃げ切れるのだろうか。
いや、そんな心配していられる立場ではないけれど。


「!」
「また停電!?」


音もなく、辺りが再度暗闇に包まれた。
視界が奪われ、自然と身が強張る。
真っ暗な中、近くの空気が動いたと思った次の瞬間───首元にひやりと冷気を感じた。


「きゃっ!」
「絵里衣さん!?」
「絵里衣!」


萎縮した体が強い力で引き寄せられる。
暗さを物ともせず私を抱き留めたのは、先程と同じく沖矢さんだ。
普通の大学院生では有り得ない程に逞しい胸元に顔を埋め、そっと息を吐き出す。
徐々に体の強張りが弛んでいくのが分かった。
一体いつから、この体温と匂いにこんなに安心するようになったのだろう。


「…大丈夫か」


今回も電気はすぐに復旧した。
頷きながら体を離せば、私を見ていた沖矢さんの目がスッと開かれる。
それと同じぐらいのタイミングで、コナン君が「あれ?」と言った。


「絵里衣さん、そんなのつけてなかったよね?」


沖矢さんの手が私の首の後ろで動く。
目の前に持ってこられたのは、2つのチャームがついた細身のネックレスだ。
1つはゴールドのバイオリン、もう1つはシルバーの銃を象った繊細なデザインのネックレスは、勿論私の物ではない。
先程感じた冷たさは、これが原因のようだ。


「発信器や盗聴器の類ではなさそうだが…」
「バイオリンと銃…バイオリンが絵里衣さんのことだとしたら、銃がキッドってことかな?本物じゃないけど、時々銃を使うのを見るし」
「イメージが弱い気はするが…その可能性はあるな」
「…ねぇ絵里衣さん、本当にキッドとは何もないの?」


確かに、こんな状況でネックレスをもらったとなれば、関係を疑われても仕方ない。
自分と相手と思われるモチーフの物なら尚更だ。
だが、私に出来ることは首を横に振り続けることだけである。


「成程、奴が絵里衣に特別な感情を抱いているというのは間違いなさそうだ…」


そう言いながら、ネックレスは沖矢さんの手から私の手の中へと返ってきた。
バイオリンと銃───キッドが銃を使うからとコナン君は例えてみせたけど、おそらくその解釈は正しくない。
多分このゴールドのバイオリンもシルバーの銃も、私のことを指しているだろうから。
いつぞやに、見えない気配を掻い潜りながら出会ったあの時───怪盗キッドと初めて対峙した時、私は彼に反射的に拳銃を突きつけたのだ。
突然現れた気配に警戒して、本物の拳銃を。
このネックレスが、初めて会ったあの時を覚えていると示しているのなら、彼の真意は一体…?

月下の奇術師、怪盗キッド。
先に襤褸を出したのは此方だけど、彼とは一度ゆっくり話し合う必要があるらしい。
その時はこのネックレスをつけていくことにしよう。
ゴールドのバイオリンとシルバーの銃がぶら下がる、このネックレスを。


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