「え、途中で絵里衣さんに会った?」


元太を狙っていた連続引ったくり犯を見事逮捕に追い込んだ帰り、歩美ちゃんの口から飛び出したのは意外な人物の名だった。


「うん。だからバレちゃうかもって思ってドキドキしちゃった!」
「オレも、次に何しなきゃいけねーのか忘れるところだったぜ!」
「絵里衣さんって…斎藤絵里衣さんだよな?バイオリン奏者の」


斎藤絵里衣……つい先日知り合いになった女性の名だ。
黒の組織と関係があるのか現段階では判断出来ねーが、普通じゃないのは間違いない。
例のバスジャック事件の際、爆弾が爆発する数秒前だってのに焦る様子も見せず灰原についていたし、何よりバス脱出後から事情聴取まで、そして事情聴取後に瞬く間に姿を眩ませやがった。
灰原も彼女を警戒しているようだが、オレとしても見過ごすことは出来ない相手だ。


「えー…ボクも絵里衣さんに会いたかったです…」
「また公園に行ってみようよ!練習してるかもしれないよ!」
「そーだな!オレ達の活躍を教えてやろーぜ!」
「なぁ、絵里衣さんってどんな人なんだ?」


見た目は小柄で華奢で、スポーツをやっているようには見えなかった。
顔立ちは美人だったけど、明るい茶髪と色素薄めの瞳を考慮するとハーフかクォーターかもしれねーな。
後は腕を怪我してるってぐらいで、他に特に特徴はなし。
言動から推測するに、相当頭はキレるだろう。
ついでに拳銃も見慣れている、と。


「優しい姉ちゃんだぜ!」
「ええ、ボク達のことをバカにしたりしませんでしたし」
「ミルキーのこと可愛いって言ってたから、犬好きかも!」


ま、小学生から見りゃ、たまたま公園で会った優しいお姉さん、か。
オレが呆れていると、今まで口を閉ざしていた灰原が静かに言った。


「骸骨…」
「え?」
「小嶋君、あの人の何かを骸骨みたいって言ってなかったかしら」


そう言えばバスジャックの時に言ってたな…。
勿論、本当に骸骨なんか持ってるわけねーから特に突っ込まなかったが…。


「元太君、絵里衣さんが持ってた電子バイオリンのことを、骸骨みたいだって言ってたんですよ」
「電子バイオリンを持ってたのか?」
「少しだけだけど弾いてもらったよ!」


扱いの違いからあまり好まれてはいないようだが、アコースティック奏者が住宅街や深夜などに練習を行うために、電子バイオリンを使用することはあるらしい。
ミルキーを探していたのはまだ明るいうちだろうし、そんな明るいうちに電子バイオリンを外で個人的に練習として演奏するなら、周りの音が邪魔になるんじゃないだろうか。
絵里衣さんが元々電子バイオリン奏者だとしても、何か引っ掛かるんだよな…。


「怪我してるからあんま弾けねーって言ってたもんな」
「右手を怪我してましたからからね」
「利き腕が使えないと大変だもん。治ったらまた弾いてくれるかな?」


右…?
確かにバスジャック犯に携帯を渡すときに痛がってたけど…。
あの人、右手に腕時計してなかったか?


「絵里衣さん、左利きじゃねーのか?」
「今日会った時違うって言ってたよ」
「電子バイオリンも左手で持って右手で弾いてましたし…」


ちょっと待て。
右利きで、ボウイングも右手の一般的な持ち方で普段から演奏しているなら、普通右に腕時計つけるか?
いや、考えすぎ?
一般論から逸れた個人の好みか?
考えれば考える程怪しくなってくるぜ、あの人…!


「ちょっと、どうしたのよ工藤君」


纏まらない思考を消し去るようにがしがしと頭を掻き、深呼吸。
冷静にならねーと推理がズレちまう。


「いや…ちょっと引っかかっただけさ。絵里衣さん、何か普通じゃねーから」
「私もあの人は普通じゃないとは思うわ。ただ…」
「ただ?」
「あの人は私達より先にバスに乗っていた。私が奴らの気配を感じたのは、私達が乗った後…だから、奴らの仲間ではない…んじゃないかしら」


灰原がビビり始めたタイミングから察するなら、オレ達より後に乗車した中に奴らの仲間がいると考えるのが自然だ。
が、しかし…。


「警戒してるわりには庇うじゃねーか」
「助けようとしてくれたから…」
「え?」
「あの時、爆発に巻き込まれて自分が死ぬかもしれないのに、初対面の私を放っていかなかった。気配のこともそうだけど、奴らの仲間がそこまでするかしら…って思ったのよ」


そこも絵里衣さんの怪しいところだ。
灰原=シェリーを知っているならあのまま見殺しや誘導が正解だろうが、この等式を知らなければ話は変わってくる。
そして、あの窮地での落ち着きよう…。


「…でも庇ってるつもりはないわ。奴らの仲間が一般市民になりすましている可能性もあるんだから。私と工藤君を小学生らしくないと言っていたし、あの人に会うなら十分注意が必要よ」
「ああ、分かってるよ」


斎藤絵里衣…一体何者なんだ?


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