沖矢さん、コナン君、安室さんが勢い良くステージ目掛け走り出す。
まだ助かる可能性はあるかもしれないけど、ステージにまさにぶら下がっているだけの波土禄道から生気は全く感じられない。
円城さんに救急車と警察を呼ぶように言ったものの、沖矢さんが此方へ首を振ってみせたので、連絡は警察だけで良くなった。
途端に殺人事件へと切り替わり、頭の切れる3人は現場を調べ始めている。

私達女性陣はと言うと、ロビーで大人しくしているしか出来なかった。
布施さんと円城さんはスタッフや関係者への連絡に追われていたが、ただの女子高生とお国違い・ポジション違いのFBI、そして変装中の組織の一員に出来ることはないのである。


「あーあ、何でこうなっちゃうんだろ…せっかく上手くいったと思ったのに」


溜め息と一緒に、園子ちゃんの大きな瞳が私を捉えた。


「ミュージシャンに夢中な絵里衣さんと、絵里衣さんを狙うイケメン1とイケメン2で、火花バチバチ美味しいイケメンサンド〜ってなるはずだったのに、殺人事件だなんて…」
「園子ちゃん、楽しんでやってるよね?それ」
「あ、でも今日昴さんが来ることになったのは、たまたまこの話を新一の家でしたからで…」
「そう!たまたまだったから運命っぽかったのに…」
「…………そっか」


蘭ちゃんは庇っていたけれど、私が園子ちゃんに遊ばれているのは良く分かった。
彼女からすれば、例の2人は私に好意があると公言しているイケメン大学院生と、私に好意があると匂わせているイケメン私立探偵。
一般人にそう見えているのなら、ある意味物事が上手くいっているという証拠でもある。








「死亡推定時刻の午後4時半から5時半の間に長時間姿が確認されていないのは、布施さんと円城さんの2人だけのようですね…」


日本警察も到着し、関係者・スタッフ全員のアリバイ確認が行われた。
長時間姿を見せなかったと判明した、レコード会社の社長である布施さんはお腹を壊してトイレに行っており、マネージャーの円城さんはホール内を駆け回ってスタッフに指示を出していたそうだ。
2人を疑うようで悪いが、確かに犯行は可能と考えられる。
しかし、この2人以外にも怪しい人物はいる。


「おい離せよ!!波土が殺されたんだろ!?写真ぐらい撮らせろよ!!」


雑誌記者の梶谷さんだ。
写真ぐらい撮らせろと喚いているが、彼が犯人ならあからさますぎるか…。
芸能人がパパラッチと仲が良いという方が滑稽だろうし。
しかし、そもそも招かれざる客である彼がスタッフジャンパーを買ったのは、5時20分頃らしい。
つまり、死亡推定時刻に会場内にはいたということになる。


「3人の中で野球やってた人っている?」


突如飛び出したcool kid・コナン君のその突拍子もない質問に、驚いたのは私だけではない。
会場に野球ボールが転がっていたための質問だそうだが、コナン君だからこそこの質問に大きな意味を含んでいるような気もする。
全く末恐ろしい名探偵だ。
ちなみに証言を纏めると、布施さんがラグビー経験者、円城さんがテニス、梶谷さんは登山部の幽霊部員、そして波土禄道本人が高校まで野球をしていたらしく、ボールは彼の持ち物だった。

更に浮上した不可解な点は、波土禄道の携帯が控え室にも荷物の中にも見当たらないということである。
円城さん曰く携帯はいつも胸ポケットに入れていたそうだが、今回胸ポケットには携帯ではなく「ゴメンな」と書かれた紙が入っていたそうだ。
犯人によって携帯が抜き去られたのであれば、その通話記録や送受信履歴に事件解決のための物的証拠があるはず。
が、そうだとすれば、胸ポケットに残された言葉は、一体誰が誰に向けた謝罪だと言うのだろうか。
筆跡鑑定のため、私達も含む会場にいた全員フルネームと『ゴメンな』を書かされたが、これは波土禄道の筆跡だという結果だった。

日本警察だけでなく、ここには小学生とは思えない知識を持つコナン君や、ミステリー好きの大学院生である沖矢さんや、私立探偵として洞察力も堂々と披露出来る安室さんがいるのだから、事件解決は時間の問題だと思う。
だけどさっきから───推理中だからか知らないけど、沖矢さんも安室さんも黙ってピリピリしてるような気がして私が落ち着かない。
沖矢さんとしても赤井さんとしても、安室さんと色々あったということだけは知っている。
でも今は、そういう雰囲気とはまた違うような…。


「沖矢さん」
「どうかしましたか?」
「それは此方のセリフですが…何かありましたか?」


私が訊ねれば、スッと翡翠を見せた彼は大きく息を吐き出した。
胸の奥につっかえていたものを吐き出すかの如く。


「今はお話し出来ませんが───少々昔を思い出していまして」
「……そうですか」


するりと指先を絡められ、そのまま握り込まれる。
ピクリと肩を揺らしてしまったが、酷く冷えたその手を振り払うことは出来なかった。


「早く解決するといいですね」


この事件も、過去の事件も。


「ねぇねぇ鑑識さん!」
「ん?」
「…とか落ちてなかった?梓姉ちゃん片方だけ落としちゃったみたいなんだけど…」


コナン君のこれまた意味深な発言に、沖矢さんは何か思いついたらしい。
工具箱からなくなった針金と軍手、工具箱横の本当はもっと奥にあったはずのパイプイス、その座面裏にあったコンタクト───小さな名探偵の見事な誘導に、沖矢さんも安室さんもついに事件を読み解いたようだ。








それから安室さんを中心に、ホールでの実演も交えた推理タイムが始まった。
彼の言う通り、観客席も使ってロープを結んで張り巡らせれば、細身の園子ちゃんの力でも、成人男性である高木刑事が宙に浮いたのだから驚きだ。
沖矢さん曰く輸送結びによる滑車の原理で可能となるらしく、運送業者でバイトをしていた円城さんが疑わしいと告げられた。
更にコナン君が言うには、足の大きさと一致すると言われる犯人が束ねたロープの大きさから見て、布施さんのような大柄な人ではなく小柄な人が怪しく、また極めつけは、彼女の背中についている波土禄道のサークルレンズ。
ここまで決定的な証拠があれば、言い逃れは出来ない。


「さぁ証拠は十分だ!後は署の方で…」
「おい待ってくれ!どうしてあなたが波土を!?17年間支え続けた彼を何で殺さなきゃならなかったんだ!?」
「それはいくら聞いても答えられませんよ…なぜなら彼女は彼を殺していないんですから」


それから語られたのは、17年前の悲しい過去だった。
当時波土禄道と付き合っていた円城さんは妊娠し、生まれてくる子のためといって、デビューしたての波土はスタジオに籠もって連日徹夜で作曲を続け、それを止めさせようと駆けつけた彼女がスタジオ前で倒れて流産してしまったというのだ。


「なるほど…その時生まれて来る子供の為に作った曲が『ASACA』だったから、歌詞が付けられずお蔵入りになっていて…」


事情を知った波土禄道は、自分のせいで亡くなった子供のために歌詞を書き、新曲として発表しようとした。
しかしどうしても書けずに、「ゴメンな」というメッセージを遺して死を選んだ。
円城さんは、芸能人の自殺となれば過去を探られ、元カノの子供のせいで彼が自殺したと彼の家族に知られたくないと思って殺人に見せかけたのだそうだ。


「フン、バカな男だ…」
「お願い!!この事は記事にはしないで!!」
「頼まれたって書かねぇよ!ロックンローラーに浪花節は似合わねぇからな…」


波土側と騒ぎになっていた梶谷さんも、心のある人らしい。
大人しく引き下がったし、本当に記事にはしないつもりだろう。


「でも結局わからずじまいよね?何でアサカのカが『CA』だったのか…」
「ああそれなら波土に聞いた事があるよ。妊娠の事を徹夜明けの『朝、カフェ』で聞いたから、女の子なら『朝香』!アルファベットで書くなら『Cafe』の『Ca』を取って『ASACA』ってね」


キーワードの答えは、布施さんがあっさり答えてくれた。
本当にたまたまこの綴りになっただけなら、ひとまずは安心…でいいのだろうか。
つい先程バックバンドが麻薬で逮捕されたと言うし、布施さんと言うか波土禄道絡みの関係者はこれから忙しくなりそうだけど。

さて、これで事件は解決した。
あとはバーボンとベルモットに、『女子高生達のただの知り合い』として私の存在をフェードアウトしてもらわなければいけない。
今のところ、ベルモット扮する梓さんとこれと言って絡んでないけど、彼女は私の顔を知る人物だ。
いつ探りを入れてきてもおかしくないだろう。
もしかしたらバーボンが躱してくれるかもしれないが、今は少し様子が…と、ちょうど彼が此方に向き直った。


「そのハイネック…この場でめくりたい衝動に駆られてますが…」


憎しみすら見えるような鋭い双眸が、沖矢さんから私に移る。


「今は止めておきましょう」


これは私もベルモットもいるから色々と見逃す、でいいんですよね?


「いずれまた…」


ベルモットを引き連れ去っていく安室さんの後ろ姿は、いつぞや私を置いていったあの姿と変わりない。
背負うものは一緒なのだ。
彼も、私も。


「妬けますね」


突如肩を引き寄せられ、耳元に唇を寄せられる。
機械越しとは思えない心地好い低音が、静かに鼓膜を揺らした。


「彼と仲が良いみたいで」
「いえ、そんなことは…」


全く見えないけど、園子ちゃんから小さく声が上がったのが聞こえる。


「…あの女とは何かあったのか」
「これと言っては何も。怖いぐらい接触してきませんでした」


残念だけど、女子高生達に期待されるような甘さは皆無。
まさかこの状態で、世界を股に掛ける組織の一員に正体がバレたか確認しているなんて思わないよね、普通。
何せ今日は、危険度がかなり高かった。

さて、此方はどう動こうか───。


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