待ち合わせ場所に指定されたのは、何の捻りもないライブ会場前だった。
私の隣には、何故か柔和な笑みを湛えた沖矢さんがいる。
なんでも、私が園子ちゃんと約束した数日後、彼も波土禄道のライブリハーサル見学の同行を申し出たらしい。
本来であれば私が絡むべきではない、例の組織関連で重要なキーワード『ASACA』が、このミュージシャンの新曲のタイトルだからだ。
偶然か必然か、この誘いを受けたときに安易に承諾した自分を殴りたい。


「おまたせしましたー!」
「私達も来たばかりですよ」


学校が終わってから急いで着替えてきたのだろう、蘭ちゃん、園子ちゃん、コナン君がやってきた。
沖矢さんのいつも通り紳士的な対応に黄色い声を上げてから、園子ちゃんは私を見ると可愛らしくウインクを飛ばしてくる。
申し訳ないが、何が言いたいのか分からない。
彼女の中で沖矢さんは私に思いを寄せているはずだし、「デート出来ました?」とかかな。


「えぇっ!?リハーサルが見学できない!?マジでー?」
「ごめんなさいね…」


お待ちかねのご対面ということで5人揃って会場内に入ると、マネージャーの円城さんから予想外の謝罪が返ってきた。
なんでも新曲の歌詞が完成しておらず、バックバンドもスタッフの多くも夕食を食べに出払っているらしい。
このパターンはけして珍しいことではなく、過去にもライブ直前で歌詞が出来上がり、ぶっつけ本番になったこともあったそうだ。


「まぁ彼の好きにさせてあげましょう。彼にとって今回のライブが最後のようですから…」
「さ、最後って…」
「波土さんが引退するって噂マジだったの!?」
「えぇ、何度も止めたんだが…明日のライブのラストでファンに伝えるそうだ」


そう言ったのは、波土禄道の所属するレコード会社の社長・布施さんだ。
さすが流行りに強い女子高生、蘭ちゃんと園子ちゃんはミュージシャンの引退の噂を耳にしていたようである。
正直私は波土禄道に詳しくないけど、音楽性の違いでバンド解散や、普通の人に戻りたいから引退という話は芸能界ではよくある話だし、彼も様々な物を抱えていたのだろう。


「なら話はついたんですかい?」


スタッフジャケットを着てはいるが、何やら怪しい雰囲気の男が待ってましたと言わんばかりに会話に入ってきた。
50代ぐらいだろうか…明らかに他のスタッフとは違う空気を纏っている。
レコード会社移籍の話など、波土禄道近辺にやけに詳しそうだ。
そう思っていると、彼自らスタッフの1人に金を握らせて入ったのだとあっさり白状した。


「そうそう美人マネージャーさん?あんたの方の話も決着したんですかい?」
「は、話って?」
「新曲のタイトルになってる『ASACA』…実はアレ、波土の新しい女の名前だって噂になってますぜ?」


続いて円城さんに絡み出した彼の正体は、所謂パパラッチ、雑誌記者らしい。
波土禄道側としっかり確執もあるようで、本物のスタッフによって会場から追い出されてしまった。


「じゃあウチらも帰ろっか?」
「そだね…明日学校だし…」
「え?帰っちゃうの!?」


女子高生達には関係のないことだが、我らFBIとしても帰られるのは困る。
例の『ASACA』について、調べる機会を失うわけにはいかない。


「でも最後のライブのリハーサルなら見た方がいいのでは?」
「2人共好きなんでしょ?」
「いえ、昴さんには悪いですけど…」
「ウチらそんなにファンじゃないから…。それか2人は残っても別に…」
「え?ではここに来ようと言い出したのは…」
「僕ですよ」


聞き覚えのある声に振り返れば、予想通りの人物が立っていた。
私立探偵・安室透だ。
後ろには身を隠すようにポアロの看板娘・梓さんもいる。


「ポアロの店で僕が波土さんの大ファンだと話したら、リハーサルを見られるように園子さんが手配してくれたんです」


ああ、やられた。
そういうことね。
輪に加わった安室さん曰く、梓さんは元々来る予定がなかったみたいだし、つまり園子ちゃんの出会い頭のウインクは、イケメン2人を集めたという───私に気があるという設定の2人が揃うという意味だったのだ。
同時に、安室さんもとい零さんかバーボンも、『ASACA』について探りにきたのだと言える。
これ見よがしに、園子ちゃんの家の力を利用しているんだからね。
今日の彼は敵か味方か怪しいところだ。


「驚いたといえば、あなたも来ていたんですね?沖矢昴さん。先日はどうも…僕の事覚えてますか?」
「えーっとあなたは確か…宅配業者の方ですよね?」
「え、ええ…まぁ…」


沖矢さんからの宅配業者発言には、さすがの安室さんも目を丸くしていた。
この2人が知り合いなのは例の件があったから納得だけど、一体どんな設定になっているんだろう。


「絵里衣さんもお久しぶりです」
「あ、はい。お久しぶりです」
「あれから体調は何ともないですか?」
「ええ、特には…。お気遣いありがとうございます」


女子高生達と梓さんの話が盛り上がっているのを良いことに、安室さんが鎌を掛けるような視線を投げ掛けてきた。
あの日───東都水族館最大の被害を食い止めたあの日、私達は確かにあの場所にいたが、同時に確かにあの場所にいなかったのである。
勿論、全くこの件に絡んでいない沖矢さんは話を広げようとはしなかった。


「そう言えば、貴方も波土禄道のファンなんですね。やはり波土のベスト1は『血の箒星』ですよね?」
「いえいえ僕は『雪の堕天使』の方が…」


なんだかんだで、沖矢さんと安室さんも会話が盛り上がってきたようだ。
もしかして設定じゃなくて、この2人本当に波土禄道のファンなんだろうか。
そうかもしれないけど、彼らの本当の姿を考えれば下調べ済みと考えるのが自然かな。
にしても、ASACAって一体何?
KAじゃなくてCAの意味は?


「………ねぇ、絵里衣さん」


クイ、と下から力を感じたままにしゃがみこむ。
するとコナン君が、そっと固い声で知らせてくれた。


「梓姉ちゃん、偽物だよ」
「偽物…?」
「うん、ベルモットだと思う」


ベルモット───例の組織の幹部格で、私がこの生活を送る原因を作ったとされる人物。
駄目だ。
アメリカで出会したあの男性が本当に彼女で、梓さんが彼女なら、『私』が暴かれてしまう。
いや、それを狙ってはいるからいいんだけど、今此処で何か起きるのはマズい。


「…沖矢さん」
「ええ、今聞きました。仕方ありませんがリハーサルの見学は出来ないようですし、私達も帰りましょうか」


沖矢さんと顔を見合わせ、そっと頷く。
変に仕掛けられて園子ちゃん・蘭ちゃん・コナン君に被害が出るのも、沖矢昴が本来の姿で動かざるを得なくなるのも、安室透が本来の姿で動かざるを得なくなるのも好ましくないのだ。


「うわああ!」
「!?」


と、その時ロビーに悲鳴が響き渡った。
会場へ続く扉の前でへたり込んでいるのは警備員───いや違う消防官だ。
ライブ前の査察に来たのだろうが、一体何が…


「…何で」


自然と零れ出た疑問は、2度目の悲鳴に掻き消されてしまう。
何で、波土禄道がステージ中央に吊されてるの?


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