ヤケに楽しそうな真純ちゃんから、お茶会に誘われた。
場所は今真純ちゃんが寝泊まりしているホテルで、兎にも角にもどうしても来てほしいとせがまれたのである。
しかもティータイムとは言い難い朝一番に。
そこまで言うなら予定を空けておくと承諾したものの、今日を迎えるまで内心何を企んでいるのかと不安でいっぱいだった。

その不安な気持ちを拭い去ることが出来ないまま、指定されたホテルの指定された部屋の前に行けば、何やら騒がしい。
しかもあれは…毛利探偵とコナン君?


「お取り込み中すみません。真純ちゃんに用があるんですが…出直した方が良さそうですね」
「絵里衣さん!?」
「ウソ、もうそんな時間か!?」


そっと会話に割り込めば、両側から驚きの声が上がる。
この雰囲気、どうも穏やかではなさそうだ。
隣室からは小太りの眼鏡をかけた男性が心配そうに此方を窺っているし、まさか事件でも起きたのだろうか。


「そうだ、絵里衣さんも片付け手伝ってくれよ!説明は中でするから!」
「え?」


そう言って私を無理矢理部屋の中へ引き入れると、真純ちゃんは扉に鍵をかけてから溜め息を吐いた。
視界に入るのは、片付けを手伝えと言うわりに、生活感を感じられないぐらいに簡素な一室である。


「来てくれてありがとな!」
「此方こそお招きありがとう。…どうやら事情は変わったみたいだけど」
「ああ、実は…」
「だらだら話している暇はないぞ。お前も聞いた通り、あの事件も絡んでいるんだからな…」


突如聞こえた声に視線をやれば、真純ちゃんよりいくつか年下であろう少女が、いつの間にか腕を組み壁に背を預け此方を見ていた。
この近距離で今まで全く気配に気付かなかったなんて…それに『あの事件』って何?


「真純、お前はまず服を着ろ」
「うん…ママはどうするの?」
「安直だが、ベランダに身を潜めるしかないだろう…」


『ママ』と呼ばれた少女は、くるりと此方に背を向けると何やら荷物を漁り始めた。
真純ちゃんは真純ちゃんでさっさと着替え始め、私は完全に置いてきぼりとなる。
そもそも、安易にこの誘いに応じたのは間違いのようだ。


「それと…君が例の斎藤絵里衣だな。話は聞いている。来てもらって悪いが、状況が状況だ。早々に出直してもらう事になるやもしれん」
「それは薄々察していますが…」


ワイヤーらしきものを片手に言う『ママ』は、言動がどう考えても年齢にそぐわない。
真純ちゃんへの指示はまるで本当に彼女のママのようだし、大人びた雰囲気はもちろん、顔立ちも───


「まさか…」


───『あの人』によく似ている。
まさか、まさか本当に真純ちゃんの…赤井さんのお母さん?
いや、それにしては明らかに若すぎる。
華奢な体つきは高校生にすら満たないぐらいだ。
タイムスリップや若返りなんてファンタジーは信じていないけど、既に言動と見た目が噛み合わない子達を見ているせいか、有り得なくもないと思ってしまう自分もいる。
それに真純ちゃんに妹はいないはず…これは本当にマズいかもしれない。


「絵里衣さん、お待たせ!説明するよ!」


自分の用意を済ませたらしい真純ちゃんは、現在の状況を噛み砕いて説明してくれた。
予想はしていたが、隣室で殺人事件があり、犯人がこの部屋に逃げ込んだ可能性があるから調べさせろと言われているらしい。
勿論彼女が犯人なはずないし、誰かが侵入した形跡もないけど、真純ちゃんは1人で此処にいるということになっているので、今『ママ』がベランダに隠れなければならなくなっているのだそうだ。
つまり、犯行が起きてあまり時間が経たないうちにこのホテルに来、あからさまな隠蔽工作の間に403号室に足を踏み入れた私は、完全に容疑者ということである。


「じゃあ私は容疑者の1人として、大人しく女子高生探偵の活躍を見ていればいい…かな?」
「ああ、任せて!きっと絵里衣さんにも疑いの目はいくだろうけど、小五郎さんだって、それにママだっているし…」
「そうだ、その『ママ』って…」
「ママはママ!メアリーママだよ。後でちゃんと紹介するね」


やっぱり、あの少女は真純ちゃんのママらしい。
正直、謎が深まるどころか最初から謎しかないけど、その本人はそれが事実だと言わんばかりの行動力を見せつけ、ベランダから姿を消してしまった。
そんな細い命綱でそんな所に身を隠すなんて、一般人が出来るはずがないではないか。


「お待たせー!あ、ちょっ…」


メアリーさんも身を潜め、急拵えの準備は出来た。
そして真純ちゃんが扉を開いた途端、一目散に何処かへ───ベランダに向かうコナン君。
確かにこのホテルの構造から見ても、身を隠すならベランダが適所…さすがは小さな名探偵である。
続いて部屋に入ってきた毛利探偵は、室内で人が隠れられそうな箇所を中心に見て回った。


「コナン君!小五郎さんが呼んでるぞ!もう部屋捜し終わったって!」
「あ、うん!お邪魔しましたー!」


しかし怪しい箇所は特になかったようで、2人はあっさり隣室へ戻っていく。
メアリーさんは見つからなかったらしい。


「ね!ボクが言った通り…いい勘してるだろ?あの子!」
「そんな事より一刻も早く事件を解決しろ!この部屋を警察に調べられたら私の存在が知られてしまう…」


ベランダの裏からそれは身軽に戻ってきたメアリーさんは、ワイヤーを外しながら真純ちゃんに指示を飛ばした。
この会話を聞けば、彼女がそれは訳ありだと分かるし、今日私が此処に招待された理由も自ずと導かれる。


「羽田浩司殺害事件の情報を嗅ぎつけて、奴らが来るその前に…」


メアリーさんは私と同じく、奴ら例の組織と関係があり、『羽田浩司殺害事件』が新たなキーワード。
実はこの事件、私も鳥籠で見たことがあるので聞き覚えがある。
と言っても、もうかなり昔の事件だし、詳しい内容は覚えていない。
確か、私がまだ日本にいる間に起きた、日本人棋士が趣味のチェスの大会に参加するため訪れていたアメリカのホテルで殺害された事件、だったはずだけど───。


「すまないが、やはり君との話し合いは日を改める必要があるようだ」
「はい。私も次にお会いするまでに、色々調べておく必要があるようですし…」
「…さすがは『鳥籠のお姫様』と言ったところか」


私がFBIの特殊な部署にいることも、組織と何らかの関わりがありそう呼ばれていることも、メアリーさんはやはり知っているらしい。
これは此方もさすがと言わざるを得ないけど…今日予定通りお茶会が行われていたら、一体どうなっていたことやら。
元々分かってはいたけど、私にカードが少なすぎる。








それから、メアリーさんを1人部屋に残して、私と真純ちゃんは402号室へお邪魔することになった。
霊魂探偵・堀田凱人が殺害された現場である。
状況を事細かに声に出しているあたり、どうやら真純ちゃんは女子高生探偵を封印して、メアリーさんに謎解きをしてもらっているようだ。
コナン君が訝しげに此方を見やるも、真純ちゃんはしらばっくれて笑顔だし、未知数の安楽椅子探偵はメディアでも取り上げられる眠りの小五郎に勝てるのだろうか。

結局その勝負の行方は、毛利探偵に軍配が上がった。
彼があっさり紐解いた事件の真相に、犯人もあっさりと犯行を認めたのである。
気になるところと言えば、この眠りの小五郎になると毛利探偵の口調がやや固いというか、普段の毛利探偵より小難しい言い回しが多いように感じた、という点だろうか。
以前逆に言動が軽率すぎるように感じたときは、実はルパンが化けているときだったし、もしかして今回も……いやまさかね。


「ごめんな、絵里衣さん。せっかく来てもらったのに」
「ううん、大丈夫。私としても収穫は0ではなかったから」
「ならいいけど…あ、そうそうママから伝言」


勿論状況が状況なので、雲行きが怪しすぎるお茶会は中止になり、私は事件解決を見届けただけで帰ることになった。
403号室の前で、メアリーさんからの言いつけで見送れないと真純ちゃんは残念がっているが、年下に送ってもらわなければいけない程ではないと自分では思っている。


「けして背中を向けるな。自分という存在を無にしたくないのならな…だって」
「ありがとうございます、と伝えておいてくれる?」
「分かった」


分かるようで分からない伝言だが、つまりそういうことなのだろう。

満面の笑みで手を振ってくれる真純ちゃんに手を振り返してから、私はホテルを後にした。
朝一番で騒がしかったせいか、変に疲れてしまったようだが課題は山積みだ。
まず今日の出来事を隣人に話すべきか否か…そう言えば、真純ちゃんはともかく、メアリーさんは赤井さんが生きていることを知っているのだろうか。
鳥籠───FBIデータベース上で彼は死んでいるはずだけど、零さんとか一部の人は偽装だと知っている。
やっぱり見えない箇所が多すぎるよね。

足取りが重い。
何と言うか、とにかく今日という日が重かった。
色々な意味がこもった溜め息を吐き出したところで、ちょうど携帯が着信を告げる。
一瞬ギクッとしてしまったが…相手は隣人ではない。


「どうしたの?園子ちゃん」
『あ、良かった絵里衣さん!ちょーっと訊きたいんですけど…』


隣人ではないが、意外な人物ではあった。
蘭ちゃんの同級生の鈴木園子ちゃんだ。
確か真純ちゃんともクラスメートになるはず。


『波土禄道に興味あったりしません?』
「波土禄道…ロックミュージシャンの?」
『そうです!普段クラシックな絵里衣さんとすこーしだけジャンルは違うかもしれないですけど…』


クラシックとロックは大分印象が異なると思うけど。
心の中でツッコミながら話を聞けば、今度波土禄道のライブのリハーサルの見学に行くことになったから、良かったらついてこないかということだった。
正直そこまで興味のあるアーティストではないけど、演奏家である仮の姿としては、音楽に興味があるということで有り難くお誘いに乗ることにした。
本当に、随分と平和に溶け込んでしまったものである。
私はまだ私を知らないと言うのに。


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