「ごーめんね、勝手に連れて来ちゃってさ」
「色々言いたいことはありますが…私に何か用でしょうか」


それから5分程潜っていただろうか。
引き上げられた地下水路で顔を合わせたのは、ルパン三世だった。
意外な人物とまでいかないけど、用件は全く想像出来ない。


「いや、とっつぁんが美人といるっつーから気になっちまって」
「お望みなら、今すぐ銭形警部に突き出しますが?」
「おー怖。その負けん気は『お姫様』とは思えねーな」


反射的にホルスターから抜き出したハンドガンを構える。
泳いだ後で正常に機能するとは思えないけど、構えないわけにはいかない。
何故、貴方がその呼称を知っているのか───私には吐かせる必要がある。


「怒った顔も美人だぜ、絵里衣ちゃん」
「用件をどうぞ」
「いや、大した事じゃねーんだけどな?帰れんのかなって」
「は?」


両手を顔の横まで持ち上げて降参を示す彼に対して圧倒的に有利な状況なはずなのに、足元を掬われすぎて意味が分からない。
今の私は、恐らく相当間抜けな顔をしているはずだ。


「不二子から聞いたんだよ。あのボウズが不法入国で、立場上アンタもそう簡単にパスポートを使えるはずがないってな」


コナン君の不法入国に関しては今は置いておくとして…峰不二子が私が例の組織で『お姫様』と呼ばれる厄介者のFBIと調査済みとは、凄まじい情報収集力である。
やはりルパン一味は侮れない面々ばかりのようだ。


「ICPO上層部の権力を振りかざして来ているので、どうにかなるとは思います」
「んじゃあまあ大丈夫か」
「本当に貴方達は何者なんですか…」
「そのセリフ、そっくりそのままアンタに返すぜ」


私が何者かなんて───私が一番知りたいわ。


「おい、ルパン。こんな所で油売ってる暇はねーぞ」
「おお次元、お疲れ〜」
「何が『お疲れ〜』だ!」


ツッコミが追いつかない私の目の前で、靴音を響かせながら気怠げにやってきた男とルパン三世が何やら嫌味を言い合い始めた。
いやいやいやいや、もしかしなくてもこれ、今FBIとしてはかなり仕事をすべき場面じゃない?


「で、この姉ちゃんは何者なんだ?今回の件には…」
「美人さんだろ〜?水も滴るいいオンナ、FBIの斎藤絵里衣ちゃん」
「はぁ?FBIィ!?」
「あ、絵里衣ちゃん、こっち次元大介センセーね」
「…どうも」


次元大介───ルパン三世の仲間で、射撃の名手って話だったっけ。
あの東屋から抜け出して合流する算段だったのか、兎にも角にも彼らの会話から察するに、どうやらルパン側は、黒幕がジラード公爵でミラ王女を消そうとしていたことも、銭形警部がルパン確保のために王宮外に皆を集めることも、そしてその全ての舞台が東屋になることも、全部読んでいたらしい。
だからこそルパンは毛利探偵に、峰不二子は女官に化けて、あんな機器まで用意して紛れ込んでいたというのだから驚きだ。
追う者・追われる者として長年の付き合いである銭形警部の行動を読むのはまだ分かるが、ヴェスパニアに関する情報収集力とその他の根回しや判断は称賛に値する。
…FBIとして、称賛している場合ではないけれど。


「五ェ門は?」
「車内待機」
「じゃあ行くか〜。絵里衣ちゃんも乗ってく?服も着替えねーとだし」
「いや、私一応FBIですけど…」
「そうカタい事言うなよ」


確かに正直な所、此処が何処かも分からなければ全身ずぶ濡れで、このまま外を出歩けば変に目立つとは思う。
選択肢もなく申し出を飲めば、あれよあれよと言う間に地上へと続くマンホールに案内され、庭らしき緑が鬱蒼と生い茂る土地にぽつんと停まる小さな車に乗せられた。
運転席には次元大介、後部座席の私の隣にはルパン三世、そして助手席には何やらそわそわと落ち着かない様子の和装の男───石川五ェ門が。
既に私のキャパは大幅にオーバーしている。
FBI捜査官が手を焼いていると聞く、ICPOに専任の捜査官までいるというあのルパン一味が、揃いも揃って同じ車内にいるのだ。
本当にどうしてこうなってしまったのか。


「何故おなごが…」
「ルパンが全身ずぶ濡れにしちまったんだと」
「は、破廉恥な…」


石川五ェ門はもごもごしながら、わざとらしく咳払いした。
破廉恥って何だ。


「絵里衣ちゃんはただのおなごじゃないんだなー、これが」


牽制の意味を込めて横目をやれば、ルパンからはパチンとウィンクが返ってきた。
気障な言動にカリスマ性を感じないこともないけど、これ以上私に関する情報を漏らすのはやめていただきたい。


「つーわけで、次元よろしく〜」
「はいよ」


車で数十分、辿り着いたのは街郊外のバーだ。
シンプルなベージュの建物に、BARとだけ書かれたこれまたシンプルな看板が貼り付けられている。
一見、地域住民だけが利用する隠れ家的なバーだが、誰もいない店内を躊躇いもなく進んでいくあたり、ただのバーではないか。

ルパンが薄暗い店内の一角、カウンター横のボックス席上部のライトを下へ引くと、すぐ隣の壁がスライドして道が出来た。
ぽっかり空いたその先は6畳程の空間で、四方はハンガーにかかった洋服で埋め尽くされている。
どうやら全て女物らしい。


「んー、絵里衣ちゃんコレとかどう?」
「…………」


ずい、と体の前に合わされたのは胸元も背中も大きく開いた赤のワンピースだった。
明らかに派手すぎる。


「ダメ?」
「ダメって言うか…」


何故こんな所に大量の女性用の洋服が収納されているのかとか、此処はヴェスパニアでの隠れ家ではないのかとか色々訊きたいことはあった。
が、そんな私はおかまいなしに、あちらこちらから洋服を引っ張り出しては合わせるルパンと、それを見てタバコを吹かしながら「いや、ねーな」を繰り返す次元大介と、頬を赤らめて「目のやり場に困る」と呟く石川五ェ門を前にしていては、何と言うか、既に敗北を認めているようなものだ。
まさかこの歳になって、こんなかたちで着せかえ人形にされるとは思わなかった。
まして、相手は天下の大泥棒一味である。


「んじゃ、まぁ気を付けてな。俺達との事はとっつぁんにはナイショで頼むぜ」


数あるレパートリーの中から、何とか大人しめのワンピースを見つけ出すことが出来た。
勿論最終的な見立てはルパンではなく、彼よりは常識人であろう次元大介だ。
少しの間コナン君と行動していたと聞いたが、面倒見のいい性格をしているらしい。


「相当デキる女みてーだし、もっとゆっくり話したかったぜ。また会おうな、絵里衣ちゃん」
「だから私、FBIなんですけど…」


王宮の近くまで送ってこんな話が出来るぐらいなのだから、ルパン三世もけして悪人というわけではないらしい。
寧ろ命狙われるミラ王女のフォローに回っていたぐらいなのだから、芯は通っているように思える。
犯罪者に同調するのは言語道断と分かっていても、この1時間程行動を共にしただけでそう思わせるぐらいには好意的な面々だった。


「次の機会があるのなら、手合わせ願おう…」
「ちょっと五ェ門、申し込むなら夜の───」
「おいルパン、マジでしょっぴかれるぞ」


運転席のルパンが、にへらと笑いながらひらひらと手を振っている。
次に会う時は───私はFBIとして、彼らに何処まで太刀打ち出来るだろうか。









「貴方達には心から感謝をするわ。本当にありがとう。蘭、あの夜は楽しかったわ。蘭のおかげよ」
「いえ、私もお姫様になれるなんて…」


翌日、帰国前に女王と呼ぶに相応しい格好のミラ王女を前にすることが出来たのだが、その変わりぶりには驚かされた。
見た目の煌びやかさだけでない、内側からのオーラというか、一国の女王としての自信や威厳も感じられる。


「貴女もよ、絵里衣さん。あの時会ったのも運命だったのかしら」
「…もしかしたらそうかもしれないですね」
「ミラ様、お時間です」


とここで漸く、コナン君がいないことに気が付いた。
キース伯爵曰く、不法入国のため大使館からお迎えが来たそうだが───彼らが根回ししてくれているだろう。
我々FBIが手を焼く大泥棒・ルパン三世は、思ったよりも情のあるお節介のようだから。


「じゃあ私達も行きますか」


そう言って退路へ向かった銭形警部の背に、見覚えのない紙が貼り付けられている。
そこに記されているのは『ガキンチョはいただいた』という文言と、何やら見覚えのあるシンボル。
言わずもがな、ルパン三世からのメッセージである。


「まぁ、大変」


クスクスと楽しげに笑うミラ王女と、ルパンへの熱意を燃やす銭形警部。
そして居候が攫われたと驚く毛利親子。
何はともあれこれでエンディング、というところで、私は嫌なことを思い出してしまった。
そう、日本へ帰国するや否やFBIとして上層部への大量の報告と、そして───


「おかえりなさい、絵里衣さん。昨日の朝突然家に来て空港まで行けと言うかと思ったら、急遽ヴェスパニアに行く事になったから帰れと言われるなんて思っていませんでしたよ。本当に貴女は私を振り回すのがお上手だ…。さぁ、土産話と、文句を言わず貴女に尽くしたご褒美を下さるんですよね?」


───沖矢さんのお説教が待っているということを。

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