「これで良かったのですか?銭形警部」
「はい、ありがとうございます」


私達だけでなく、王宮にいた面々が広大な庭の一角にある東屋に集められた。
手入れの行き届いた緑と池に囲まれた此処はさぞ心地好い空間なのだろうが、今は不穏な空気に包まれている。
やはりクイーンクラウンが盗まれたようだ。

今からその犯人を暴こう───と言うところで、銭形警部が突然ふらふらと座り込んだ。
一見眠っているように見えるけど、ミラ王女を殺そうとした奴がいると話し出したかと思えば大あくびをしたので、結局何が何だかよく分からない。


「───そう、事故に見せかけた殺人だったんです」


そんな銭形警部のセリフを引き継いだのは毛利探偵だ。
そもそも、この件について調査していたのは警部ではなく毛利探偵である。


「ちょっと先に喋らせてくれっかなぁ、とっつぁん」


問題となっている、女王と王子の死を招いた不慮の事故として伝えられている内容は、こうだ。
まず狩猟中、桜の木の麓にいた狐を狙ったジル王子が、その狐を逃がそうと陰から出てきたサクラ女王を誤って撃ってしまった。
そして母を撃ち殺してしまったショックから、現場に駆けつけたジラード公爵のリボルバーを奪ったジル王子は、右こめかみを自ら撃ち抜き、死亡。
筋は通っているように思えるけど、毛利探偵はそれは不自然であると言う。
ジル王子は右利きではなく左利きだからだ。
狩猟に使われていた猟銃───ボルトアクション式のライフルは、特殊なものでない限り右手で使うものだから、犯人が勘違いしたのだろう。
カイルさんが持って来てくれたライフルを受け取った毛利探偵も、推理に更に確信を得たのか、何やら納得した様子だ。
───けど、何だろうこの感じ。
毛利探偵にしてはおちゃらけていると言うか、何と言うか…。


「おじさん!推理の続き聞きたいなー!」
「コナン君!そんなとこ上っちゃダメでしょ!」
「ご、ごめんなさーい」


毛利探偵の推理では、実際はジラード公爵がサクラ女王を撃ち、ジル王子をも撃ち殺した。
そしてライフルマークの関係で、ジラード公爵とジル王子のライフルを入れ替えて事故が完成───なるほど、この事件を殺人事件ではなく不幸な事故にしたいのであれば、これで辻褄が合う。


「!?」


皆の視線が対峙する毛利探偵とジラード公爵達に集まる中、突如発砲音が辺りに響いた。
毛利探偵が手慣れた様子でトリガーを引いたのだ。


「お、お父さん何て事を…!」
「空砲だよ」
「空砲…?」


余裕の表情の毛利探偵と、驚いた様子で腰を抜かしているジラード公爵。
どういうこと…?
この猟銃はジラード公爵の使用していたもののはず。
そもそも狩猟は実弾で行うと思うけど、この王宮ではゲームとして空砲を使用していた、なんてことはないだろう。

完全に場を支配している毛利探偵の推理は続く。


「サクラ女王の部屋にあったトロフィー…スポーツが得意だったんですねぇ。若い頃、近代五種競技で優勝もなさってる」


近代五種競技…?


「その5つの競技とは、馬術、水泳、ランニング、フェンシング、そして…射撃です」


ここまで言われれば私でも分かる。
ジル王子だけ空砲を使った『お遊び』をしていたのだ。
知識があるサクラ女王だからこそ出来た芸当───自然を愛し慈しむ母の大きな愛、か。


「もういいよ名探偵。私が犯人だとしたら、何故証拠も消さず、のこのことこんな所に顔を出しているのかな?」
「俺が答えよう。邪魔者を纏めて始末するためさ」
「さすがだよ名探偵!アンタは一番最後にしてやるよ」


意味深なセリフと共に、ジラード公爵が左手親指を下へ向け、何かの合図を送った。
───が、特に何も起こる気配はない。


「ん?」


どうなってるの?
これを読んでいた毛利探偵が根回し済み、というわけでもなさそうだけど…。


「後は任せるぜ」
「衛兵!」


しかしこれで解決かと思いきや、キース伯爵の声に応じる者も、ジラード公爵を捕らえようとする者もいなかった。


「キース、王宮内にお前の言うことを聞く兵は1人もいない」


つまり、既に王宮はジラード公爵側というわけだ。


「更にこれはどうかな?」


いつの間にか、公爵の右手にスイッチらしき装置が握られている。
いくら実戦経験が乏しい私にだってピンとくる───お約束の爆弾だ。


「動くな!真ん中の柱にはちょっとしたサプライズがあってな。皆で仲良く女王の所に行けるってわけだ」


柱の一番近くにいるのは、ミラ王女と蘭さん。
さぁ、私の逃げ足で何処までやれるか───。


「最後のチャンスを…キース、お前に与えよう」


ジラード公爵の意識はキース伯爵に向いている。
が、この状況では、今すぐ押すことはなくとも、起爆前に池に飛び込むぐらいしか手段はないだろう。


「このヴェスパニア、私と一緒に大きくしてみないか」


私が蘭さん達にゆっくり近付いても、ジラード公爵はキース伯爵と対峙したままだ。


「伯爵とは名ばかり、ずっと王室で子守をしていて楽しいか。お前の中に流れる血はこのチャンスに沸き立っていないのか」


蘭さんもミラ王女も、これからの日本を、ヴェスパニアを、そして未来を担う人材である。


「カイルも助けようじゃないか。どうだ、男なら世界を相手にひと暴れもふた暴れもしてやろうじゃないか。それが国民のためにもなるんだ」


だからこそ、目の前の危険を見逃すことは出来ない。
FBIとしてではなく、斎藤絵里衣として。


「今、ヴェスパニアはその力を手に入れようとしている。新たなるエネルギー、世界が欲しがる無限のパワーをな」


キース伯爵は口を開くことなく踵を返し、私達───ミラ王女の元へ歩み出した。
王宮内での交友関係なんて把握していないけど、ジラード公爵の提案がけして悪いだけのものではないということは私でも分かる。
自身の利益のため、国の繁栄のため、そして男として、賛同はし難いが有り得ない選択肢ではない。


「我がスティンガー家は、王家に仕えて200年。私の体に流れる血は…最後の一滴までヴェスパニア王家に捧げる!」


だがキース伯爵は躊躇いもなくそれを突っぱねた。
彼はそれは優秀な、ヴェスパニア王国の騎士だったようだ。

その傍らで、銭形警部が毛利探偵に手錠をかける。
え、ってことは…。


「あれー、バレてたぁ?」


雑に剥がされたマスクの下は、データ上で何度か見たことのあるルパン三世その人だった。
毛利探偵にしては軽快な言い回しに、軽率に見える行動が際だっていたけど、ルパン三世が化けていたというわけね。
一体いつから?
じゃあ本物の毛利探偵は?


「残念だよキース…だがお前の望み、最後に叶えてやる」


気になる点は山積みだが、本当に残念ながら、ジラード公爵は大人しく引き下がってはくれないようだ。
その時に備え、ミラ王女と蘭さんを引き寄せる。
そしてジラード公爵によって起爆装置のスイッチが───


「スイッチ、入れたわよ〜ん」


───入れた?


「はいよー!」


女官の声を合図に、ルパン三世が手錠を投げる。
あっさりそれに捕まったジラード公爵は倒れ込んだ。
キース伯爵とカイルさんが、残った衛兵達に向かっていく。


「峰子さん!」


スイッチを入れた女官から元の姿に戻った峰不二子は、にっこりと余裕の表情だ。
まさかあの女官に化けていたとは…ルパン三世はまだしも、これは違和感すらなかった。
さすが女泥棒とでも言えばいいのか、変装はもちろん、衛兵の片付けもお手の物らしい。
これで邪魔が入ることなく、今度はミラ王女がジラード公爵と話し合うことが出来る。


「この国の王は…この私です!」


そしてミラ王女が女王としての自覚と覚悟を決めた時、ジラード公爵についていた衛兵達は、キース伯爵とカイルさん、それから峰不二子や本物の女官達にすっかり倒されてしまっていた。
何と言うか、ミラ王女の味方が揃いも揃って強すぎないだろうか。
念のために拳銃を携帯してはいたけど、私はそれに触れることさえしていない。


「ねぇ、バイクのお姉さーん。このメカの効力はどれくらい続くのー?」


コナン君に言われて、すっかり忘れ去られ無造作に放られた機器を見やる。


「んー…後3秒かな」


3秒?


「飛び込めー!」


私が誰かを助けてどうこうと考えるより先に、皆が背中を押し合い慌てて池に飛び込む。
その瞬間東屋はけたたましく爆発したようなので、あの場に取り残されただろう動けないジラード公爵達は少なくとも傷を負っただろう。


「……!?」


私もそろそろ浮上を、と思ったところで、背後から誰かに腰を抱かれた。
いや、ちょっと、何で沈んでいくの!?


「……!」


振り返ろうとする頭を押さえられ、無理矢理口に何かを突っ込まれる。
横長の筒状のそれはどうやら酸素ボンベらしいけど、つまり今からそれなりの時間潜るってことではないか。

髪も服も重くて上手く動けないまま、見知らぬ誰かは私を連れてどんどん下へと進んでいく。
何で池の中で拉致されているのか全く分からないが、組織の人間が潜んでいるというわけでもないだろうから、あるとすれば今日行動を共にした銭形警部関連が濃厚だろう。

冷静に思考が回るのはここまでで、後はただひたすら誰かに連れられるまま池の中にある抜け道を進んでいった。


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