数時間のフライトの後、私達は漸く王宮へと到着した。
まさか生きているうちに、こんな所に足を踏み入れることになろうとは…。


「ようこそ!貴方がICPOの」
「はい、銭形です。早速ですが…」
「まぁまぁ、こんな所じゃなんです。話は中で。宜しいですかな」


入口で出迎えてくれたのはジラード公爵だった。
サクラ女王の弟で、実質の所、今権力を持っているのは彼だろう。


「そちらの方は?」
「はっ、銭形警部の助手で毛利小五郎と言います!警部、私早速パトロールに出たいと思いますが」
「まぁ、そう焦らず。お茶が用意してありますので…」
「パトロール!何処だー!ルパーン!」
「アイツはほっといて構いませんから」


蘭さんが気になって仕方ないのであろう、毛利探偵は設定上の自己紹介もそこそこに走り去ってしまった。
ルパン逮捕に気合い十分な部下…に見えただろうか。
乗り掛かった何とやらと言うことで、私も出来る限り演技はしてみるけど、上手くやり過ごせるかは微妙なところだ。
そもそも通訳で秘書の設定を被ったFBIの私が、がっつり拳銃携帯って、裏しかないように思うんだけど。


「申し遅れましたが、秘書兼通訳の斎藤と申します。と言っても、通訳は必要ないでしょうけれど…」
「これはこれは、頼もしいですな。では参りましょう」


ごく自然に手を取られ、甲に唇を落とされる。
こういう所は日本ではないと感じるけど、驚く程日本語が自然すぎて、通訳という設定が無駄になっているぐらいなのには驚いた。
親日国の王族として、日本語は当たり前に話せるらしい。


「それで、ルパンは本当にクイーンクラウンを?」
「はい。まず間違いなく」


案内されたのは、四方が大きな窓とソファーで囲まれた貴賓室だ。
あくまで私の感覚だけど、広すぎて居心地がよくないぐらいで、特に妙な気配は感じられない。
ただこれだけ広いと、隅で誰かが盗み聞きしてますと言われても気付かないとは思う。

聞くところによると、ルパンは過去にクイーンクラウンを盗もうとして諦めたことがあるらしい。
しかし銭形警部曰く、ルパンという男は、未だかつて獲物を諦めたことはないのだそうだ。
矛盾してはいるが、ウチにも似たようなタイプの捜査官がいるので、彼の考えが分からないこともない。
つまり、最初の盗みは諦めたわけでも失敗したわけでもなかったかもしれないということだ。

私が調べた限り、ルパンはかなりの切れ者である。
銭形警部の手を何度も逃れていると言うし、単純明快に事を終えてくれないはず。
対してジラード公爵はどうだろう。
防犯対策に絶対の自信があるのか知らないが、それにしても態度が引っかかる。
ヤケに余裕と言うか、こちらをバカにしていると言うか…ルパンの存在は眼中になく、最初から他人事のようではないか。

その後、話もそこそこに宝物庫も見せてもらうことになったが、私は別行動を取ることになった。
形式上、毛利探偵と合流するためである。


「あ、絵里衣さん!警部は一緒じゃないんですね」
「ああ、良かった見つかって。今は別行動なんです」


毛利探偵とは案外早く合流出来た。
これだけ広いと居場所の検討もつかないと思っていたけど、ちょうどSPらしき男性と重厚な扉から出てきたところで出会したのだ。
2人がいた部屋は武器保安室で、女王と王子の不慮の事故───事件について調べていたらしい。
蘭さんが見つかった代わりに…という展開だそうだが、とりあえずは良かった。


「事故ではなく、殺人事件ですか…」
「ええ、可能性としては考えられるでしょう」


確かに、命を狙われてもおかしくはない身分の人達ではある。
そして失礼ではあるが、これが事故ではなく事件なら、真っ先に疑われるのはジラード公爵だろう。
現に王宮の人達も、そう疑っているらしい。


「私達はヴェスパニアに代々お仕えする身。しかし、あの日芽生えた違和感は消えません」


曇りのない瞳で真っ直ぐ言い切ったのは、カイルと名乗ってくれたSPだった。
ミラ王女のSPリーダーで、ヴェスパニア一行が日本にいた頃から毛利探偵とは顔見知りらしい。
つまり蘭さんを連れ去った組というわけだが、この様子だと、ただの人攫いというには語弊がありそうだ。
思い切り私情を挟むけど、カイルという名にも親近感を抱いてしまう。
あちらのカイル───身を挺して私を守ってくれた彼は、元気にしているだろうか。
変わりなく、鳥籠の中でタクトを振ってくれていればいいけど。


「毛利様!」


可愛らしい女官だろう女性が、此方に向かって走ってきた。
どうやらコナン君が戻ってきたらしい。
って、そもそも小学生が異国で今まで何処にいたんだ。
ずっと音信不通だったし…。


「絵里衣さんはどうされますか?王宮内で通訳は不要ですし、銭形警部と合流しなくてもいいのなら、蘭に会ってやってほしいんですが…」
「はい、それは勿論。その前にお手洗いに寄ってもいいでしょうか」
「では、私がご案内致します」
「ありがとうございます。電話もしたいので、教えて下されば1人で大丈夫です」


実際に電話をするかどうかは向こう次第だけど、兎にも角にもそろそろ定期連絡をしておきたい。
日本ではどんな騒ぎになっているのかも気になるし、とりあえずFBIの出番がないことを祈っている。








「───では、失礼します」


女官に教えてもらった通り、広々としたお手洗いで沖矢さんにメールを打ち、その返信の速さに驚きながら毛利探偵達の元へ戻っていると、ふと横から別れの挨拶が聞こえた。
どうやら、我々の他に客人がいたらしい。
後ろ姿でもよく分かる程スタイルの良いスーツ姿の女性を見送っているのは、此方もスーツ姿の男性だ。
SPが1人で対応するには違和感があるし、それ相応の身分にしても、やはりこの状況で1人で対応するには違和感を覚える。
ヴェスパニア王国の関係者は、後誰がいるんだったっけ。


「おや…ジラード公爵の客人ですね」
「はい、ご挨拶が遅れ申し訳ございません」


私の姿に気付いた彼に声をかけられたので、設定上の肩書きを言えば特に何もツッコまれる事もなく終わった。
スラリと長身で聡明そうなこの男性は、キース伯爵で、ミラ王女の身の回りのサポートを主に行っているらしい。
と言うことは、彼は蘭さんを拉致した一員で、先程去っていった女性はミラ王女の方の関係者か。


「確か、ルパンがクイーンクラウンを狙っているとか」
「はい。銭形警部が調査にあたっていますが、正直一筋縄ではいかないかと」


「盗まれなければいいですが…」と瞳を伏せたキース伯爵には、一体何が見えているのだろう。
これは思った以上に、『ヴェスパニア』に関する知識が必要なミッションらしい。
厄介なことに首を突っ込んでしまったと思っても、後の祭りである。
さぁ、何処から潜ろうか。


「キース伯爵、つかぬ事をお伺いしますが、先程帰られた方はどちら様で?」
「何故、貴女がそんな事を?」
「いえ、あの魅力的な後ろ姿が───」


そうだ。
何でピンと来なかったんだろう。
あの後ろ姿は、あの時の…!


「───知人にとても似ていたので、気になってしまって」
「彼女は国際弁護士ですよ。女王と王子が亡くなってから、色々あったので」


なるほど、国際弁護士の肩書きを名乗り王宮に出入りしていたってことね。
つまり、もう既にクイーンクラウンは、峰不二子を介してルパンの手に渡っているかもしれない。


「そうですか。ありがとうございます。それでは、私はこれで…」
「待って下さい」


踵を返そうとすると、手首を掴まれ制される。
けして強くはないが、そう簡単に外れそうもない。
さすが王女のお付きだけあって、彼も手練れらしい。


「ジラード公爵の客人なら、私にももてなす義務があります。捜査の息抜きに紅茶でも如何ですか?」


訊ねておきながら、有無を言わせぬこのプレッシャー…もしかしなくても疑われている、か。
まぁ当然だよね。
怪しい言動をした自覚もあるし。
でも『問題』はそこではない。


「ありがとうございます。このお誘いをお断りするわけには────」


素直に応じようとした最中、無機質な警告音が辺り一面に鳴り響いた。


「アラート?」
「宝物庫のセキュリティーか…」


宝物庫が破られた?
やはり、先程の峰不二子とルパンの仕業か。


「私はミラ王女の元へ向かいます。貴女も来て下さい」
「えっ?」


腕を捕まれたまま、引き摺られるように彼に連れられていく。
コンパスの違いを考慮してもらえないのは、彼が王女のことで頭がいっぱいだからだろうか。
それにしても、私も逃がすことなく連れて行くとは…どうやらもう信頼関係は築けそうにない。


「えっ、絵里衣さん!?」
「何で此処に!?」
「貴女は…!」


一緒にいたらしいミラ王女と毛利探偵達に合流するや否や、蘭さん、コナン君、ミラ王女に次々に驚かれる。
蘭さんからすれば、私がヴェスパニアにいるなんてさぞ驚いたことだろう。
ミラ王女からすれば、逃避行中にたまたま遭遇した人物と王宮内で再会したわけだから、さぞ驚いたことだろう。
でもコナン君、君にはそっくりそのままセリフをお返しさせていただきたい。


「ヴェスパニアで演奏会?それとも───」
「どちらかと言えば後者だけど、今回は一応通訳ってことになってるの」


私の正体を知るコナン君は、それだけで状況を把握してくれたようだ。
けして正しくはないが、今はそういうことにしておいてもらおう。


「それより、宝物庫のセキュリティーが突破されたみたいだから、クイーンクラウンがルパンに盗まれたかも」
「その件ですが」
「銭形警部!?」


颯爽と現れたのは、厳しく表情を引き締めたままの銭形警部だ。
いつの間に此処に…。


「皆さん東屋に集まっていただきたい」
「…東屋に?」


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