ついうっかり道端で話し込んでしまった。
まさかこんな繁華街から逸れたところで外国人観光客の軍団に遭遇して道案内することになろうとは思わなかったけど、皆喜んでいたから良しとしよう。
にしても、添乗員や日本語が堪能な人はいなかったようだし、一体何の集まりだったんだろうか。
とりあえず晩ご飯を焼肉にするか寿司にするか、穏便に解決してくれていればいいと思う。


「蘭さん…?」


すっかり暗くなったいつもとは違う道を急ぎ足で進んでいると、制服姿の蘭さんを見つけた。
私が声をかけたのがそんなに意外だったのか、大きく肩を揺らして振り返ったけど───今度は私が大きく動揺することとなる。
背格好も顔立ちも蘭さんそっくりだけど、海外の色を宿した別人だったのだ。


「あら、この子結構顔が広いのね」


蘭さんによく似た彼女の肩に手を回しながらそう言ったのは、行動を共にしていたらしいそれは妖艶な女性だった。
同性である私が見ても、このスタイルと仕草には色気しか感じない。
言葉で表しにくいが、とても不思議な雰囲気の人だ。


「ごめんなさい、人違いだったみたいです。帝丹高校に通う知り合いにそっくりだったので」
「いえ、別に…」
「あらアナタ、そんな態度も取れるのね。じゃあ次に行きましょうか」


ぺこりと丁寧に頭を下げ、蘭さんによく似た少女とセクシーな女性はバイクに跨がり去っていった。
たった数十秒の邂逅だった…が私の中に残ったのは、それは妙な感情である。
余計な詮索であるという自覚はあるが、この2人は一体何なんだろう。
片や、蘭さんそっくりな帝丹高校の制服を着た外国人。
片や、赤が似合うセクシーなライダースーツの女性…2人の関係性もそうだけど、姉妹とは思えないしどうも普通じゃなさそうだ。
事件にしては双方落ち着いていたから、誘拐の線はないか…。


「…!」


その時、私の思考を裂くように携帯が振動した。
ディスプレイに表示された名前は、優れた頭脳が末恐ろしい我々の協力者である。


「はい、斎藤です」
『絵里衣さん、まだ外にいる!?蘭ねーちゃんにそっくりな人見なかった!?』


開口一番告げられたのは、何ともタイムリーな名前だ。
その少女ならついさっき女性と北へ上がっていったと言えば、舌打ちせんばかりの彼の背後がまた騒がしくなる。


『実はその人、ヴェスパニア王国の王女様なんだ。今日日本でホテルのパーティーにいたんだけど、抜け出しちゃって』
「ヴェスパニア王国って、不慮の事故がニュースになった?」
『うん、その王女様だよ』


と言うことは、あの妖艶な美女は逃走の協力者だったわけか。
知らなかったとは言え、みすみす逃がしてしまったのは惜しい。
だが、今の私はFBIでいてFBIではないし、これ以上の深追いは不要───


「ホォー、あの王女がですか」
「コナン君曰く、そうらしいです」


───だった、はずだった。

翌日の朝一番、報告だと言ってコナン君から告げられたのは、容易には信じられない展開だったのである。
なんと私が出会したヴェスパニア王国の王女は、自身そっくりな蘭さんと服を入れ替えて現在も逃走中と言うのだ。
昨日のあの格好はコスプレではなく蘭さんの制服で、その蘭さんは王女の姿で身代わりとして対応しているなんて、俄には信じがたい。
しかも今日は記者会見の代役まで勤めなくてはいけない状況だというのだから、もう何が何やら…。


「ありがとうございます、沖矢さん」
「いえいえ…これぐらいお安い御用ですよ」


入れ替わり事件に掠っただけとは言え事態を知ってしまった身として、沖矢さんに頼み込んで羽田空港まで連れてきてもらった。
コナン君は音信不通、会見場付近はマスメディアで大混雑と、合流は中々骨が折れそうだ…が、あの後ろ姿はもしかして。


「毛利名探偵!」
「…絵里衣さん!どうして此処に!?」
「すみません、蘭さんが大変と伺って───昨日入れ替わった王女とたまたま遭遇していたのですが、その時は状況を知らなくて逃がしてしまったんです」


忙しなく動き回る日本警察の中に、毛利探偵を見つけた。
私の声に気付いてくれた彼に事情を説明すれば、「娘のためにこんな所まで来て下さるとは…ご協力ありがとうございます」と、愛娘を心配する父親の顔を見せてくれる。
しかし毛利探偵から聞かされたのは、予想より悪化した状況だった。
未だ逃走中の王女の身代わりに、蘭さんがヴェスパニア王国に連れて行かれたので、まさに今追い掛けるところだと言うのだ。


「追い掛けるって…今から飛行機でですか?」
「はい。ある協力者のおかげで急遽私も搭乗出来る事に…」
「すいません、お嬢さん。失礼ですが我々は先を急いでいまして…ご家族さんですかな?」


その時、厳格な調子で間に入ってきたのは、コートに身を包んだ強面な中年男性だった。
年上であろう彼を宥めながら、毛利探偵が間を取り持ってくれる。


「銭形警部、こちらはバイオリン奏者の斎藤絵里衣さんで、日頃娘も世話になっている方です。昨日娘と入れ替わったミラ王女を見かけたので駆けつけて下さって───」
「斎藤…絵里衣…?」
「警部、絵里衣さんを知ってるんすか?さすが、ICPOは海外で活躍する演奏家もご存知なんすね」


銭形警部と呼ばれた男性が、私の名を聞いた途端顔色を変えた。
私のことを知っているのか。
もしかして本職で会ったことが…いや、会った覚えも名前を聞いた覚えもない。
じゃあ奴ら例の組織の───これはもっとないだろう。
何もかもがあからさますぎる。
となると残る可能性は、最上級に『まさか』な繋がりになる。


「知ってるも何も、斎藤絵里衣と言えば───」
「銭形警部、少しお話が」


返答を聞く前に腕を引いて、毛利探偵から引き離す。
文句も言わず大人しくついてきてくれたので、やはり『まさか』の可能性が正解らしい。


「もうお察しいただいているのでしょうが…改めまして、FBIの斎藤絵里衣です。今詳しい話をする時間がないので省略させていただきますが、現在日本で身元を隠して極秘任務中でして…」
「ああ、やっぱりアンタでしたか!いやぁ、話には聞いていましたが、本当にお顔立ちが───」
「警部、そう言うわけですので、大変我が侭ですがただのバイオリン奏者として接していただきたくて…」


毛利探偵や蘭さんは、私を本物のバイオリン奏者だと思っている。
出来れば我々が任務を遂行して帰米するその時まで、私はあくまでバイオリン奏者の斎藤絵里衣でいる方がいい。


「分かりました、お約束しましょう。だが今回の件、『斎藤絵里衣』として協力してはくれませんかな?」
「え?」
「FBIではなく、絵里衣さん個人の力を貸していただきたい」


私個人の力…?
彼は一体、どういうつもり…?


「知人が巻き込まれているので出来ることなら協力しますが、私は今一般人で、FBIとしてもお役には…」
「そんな事はありません!お噂はかねがね、是非同行いただきたい」








「クイーンクラウン…それをルパンが狙ってるんすか」
「確かな情報です」


あれから数分銭形警部と話し合いをしたけど、結局私は急遽特別に用意された飛行機内にいた。
勿論突如電話で帰るよう伝えることになった沖矢さんからは、それはそれは冷たく恐ろしい言葉を頂戴したので、いっそのこともう日本へは帰らない方がいいのではないかとも思う。
って言うか、色々おかしい。
色々。


「しかしホントにいたんすなぁ、ルパン三世。私は小説か漫画かと…」
「なぁんですとぉ!?アンタ名探偵のくせに、ルパンを知らんのですか!」


───神出鬼没の大泥棒、ルパン三世。
銭形警部が追う彼が、今回の件に一枚噛んでいるらしい。
私もデータ上でしか知らないが、ウチの捜査官がまんまとしてやられているとは聞いている。
本当に、まさかこんな事態になるとは想定外だ。

銭形警部はその大泥棒専属の捜査官で、毛利探偵はその部下、そして私は通訳や秘書業務担当という設定でヴェスパニア王国に乗り込むことになったので、簡単に調べてみたけど、確かに一筋縄ではいかなそうな相手だった。
ルパン三世の仲間である射撃や日本刀の達人も出てくるだろうし、少なくとも戦闘面で私が役に立てることはない。
強いて言うなら紅一点である峰不二子だけど…やはり知識・経験で彼女の方に分がありそうだ。
しかも銭形警部曰く、彼女はミラ王女と遭遇した時にいた、あのセクシーな美女の可能性が高い。
今思えば、あの時の違和感全てが納得である。
まぁ、ルパン一味が関与しているおかげで毛利探偵はヴェスパニア王国に行くことが出来たわけだし、この点では感謝すべきかもね。


  return  
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -