「とりあえず、迎えの車は呼んだから、それまで全員このリビングで待機してる事!この暗闇の中、動き回られたら守りきれないし…私は他の部屋を調べてみるから、あの5人の警護よろしくね!」
「あ、でも…その子達はいいんですか?」
「この女子高生探偵には聞きたい事があるし、このボウヤと絵里衣さんは『捜査するなら連れてけ』って、さっき大和警部にこの状況を電話で伝えたらそう言ってたから…」


大和警部───由衣刑事と初めて会った時にいた、あの色黒の強面の警部か。
そう言えばあの時も私を気にしていたように見えたけど、今回もってことは、私に目を付けているのは間違いなさそうだ。
十分ぐらいしか同じ空間にいなかったのに、何かを悟らせてしまったのは私の落ち度か、それとも彼が秀でていたかどちらだろう。








大和警部の意向で同行となった捜査は、それなりの収穫を得ることが出来た。
大きな収穫の1つは、12年前に聡子さんが行方不明になった時に着ていたのはベージュのカーディガンで、遺体発見時は丈の長い赤いコートを着ていたということ。
もう1つは、12年前にこの事件に噛んでいたという大和警部と、大和警部と同期の諸伏警部から得た情報になるけど、15年前の担当刑事の報告書にミスがあり、『赤女に包丁で斬りつけられて逃げられた』ではなく本当は『赤女に包丁を投げつけられて逃げられた』だったということだ。
私でも分かる矛盾も含まれていたぐらいだし、頭のキレる女子高生探偵である真純ちゃんと小さな名探偵であるコナン君は、2人共に真相へと辿り着いたらしい。

リビングに戻ったところで、先程キッチンで行った実験も実演してみせながら、薄谷さん殺しの犯人が澄香さんであると皆の前で紐解いてみせた。
澄香さんも澄香さんであっさりと犯行を認め、聡子さんが薄谷さんに見捨てられたせいで死んだのだと、友人の復讐のための犯行であると自白したのである。

これで事件自体は解決ではあるが、ここでまた1つ、新たに大きな疑問が立ち塞がった。
この薄谷さん殺しの犯人である澄香さんを襲い、背中を斬りつけた人物の正体である。


「ちょ、ちょっと待って!じゃあ誰なの?あなたを襲った女って…」
「任田君じゃないの?あんた薄谷君と仲よかったから、私が犯人だと気づいて…」
「ち、ちげーよ!俺の体格じゃあ女に見えねーし…」
「ま、まさか珠美なの?」
「け、刑事さんが来てるのに、そんな事するわけないじゃない!!」


被害者である澄香さんに自演は不可能。
体格が明らかに異なる任田さんや珠美さんも、これだけ刑事がいる中で犯行に及ぶメリットがない。
では、誰が澄香さんを襲ったのか。
リビングに緊張感が走る。


「1人いるじゃない…事件に深く関わっているのに…」
「その生死が語られていない女が…」


暗闇の中、ガラスが割れる音がした。
テーブルに灯されていたロウソクが消え、冷たい雨の匂いと共に何かが飛び込んでくる。
狙いは当然、今日この日『赤女』に扮していた澄香さんだ。
彼女の正体を見抜き、近接格闘技に精通している真純ちゃんや博士の発明品を常に身に付けているコナン君なら、一般人相手に十分通用するだろうが、未成年達を危険な目に遭わせては『保護者代理』としての立場がない。
だからと言って、丸腰の私に出来ることは、ギリギリまで気配を探って一瞬の隙を逃さないことぐらいだ。
最悪の場合、由衣刑事から拳銃を拝借するパターンも想定しておく必要はあるかな。


「そこまでだ!!ここには赤女はいねぇ!!」
「か、敢ちゃん…」


しかし、此方に危険が及ぶ前に思わぬ横槍が入った。
キン、と杖で襲い来る包丁を止めたのは、大和警部だ。


「あんたの復讐は15年前にもうカタはついてんだからよ…」
「過ちては改むるに憚る事なかれ…」


続いて、懐中電灯片手に現れたもう1人は、大和警部とは対照的なクールな頭脳派といった印象の男性である。
きっと彼が、諸伏警部なのだろう。


「我々長野県警も、明日の記者会見で15年前の殺人事件の報告書の誤りを公表する所存…だから矛を収めてください、香川志信さん。貴方も赤女事件の被害者の1人なのですから…」








事件の完全解決に合わせて、雨も上がったらしい。
いつの間にか、雷の音も聞こえなくなっている。


「あの人、赤女に殺されたサラリーマンが別荘に連れ込んでたっていう、愛人だったの!?」
「不倫とはいえ、愛していた人を目の前で惨殺されたショックと怒りで、15年間ずーっと赤女に復讐する機会を狙ってたんだろうね…」


薄谷さん殺害の犯人、そして澄香さん達を襲った犯人である2人の女性は警部達に連行されていった。
この香川志信の存在まで読み解いた探偵達が、色々とこの事件の全貌を説明してくれるのはいいんだけど、私は別のものからの回避で頭がいっぱいだ。


「おい上原!いつまで油売ってんだ!」
「す、すみません!」


───そう、大和敢助警部からである。
警察関係者が素早く撤収作業を行う中、彼は視界に私を捉えると意地悪く口角を上げてみせた。


「久しぶりだな…斎藤絵里衣さん、だったか」
「…大和警部」


私に切れるカードはない。
が、彼との会話を避けることは出来ないようだ。


「ひとまずは礼を言うぜ。被害は拡大してないようだからな」
「私は何もしてませんよ。事件を解決したのは真純ちゃん達…最後は貴方達の活躍ですし」
「フン、有れども無きが若しってか…。で、アンタ…あの江戸川コナンとはどういう関係だ?」
「え?」


何でコナン君が───そうか。
彼は私に目を付けていたんじゃない。
最初からコナン君に目を付けていたんだ。
確かにあの小さな名探偵は、FBIである私が見ても末恐ろしい人材である。
小学生とは思えない豊富な知識に推理力、行動力、そして人脈。
その彼の周りにいる人間で新たに登場したのが私だったから、観察されていただけだったんだ。


「どういう関係かと訊かれても…ただの友人ですよ。歳は離れていますけど」
「そうは見えなかったが…まぁいい。そういう事にしといてやるよ」


成程…本当にこれ以上切れ者が増えるのは勘弁してほしい。
もう既に、此方は例え味方であってもいっぱいいっぱいだ。


「最初から、俺はアンタを徒者とは思ってないもんでね」
「敢助君…女性に強引に迫るのは如何なものかと思いますが。これでは人の事を言えませんよ」
「高明か」


溜め息をつきながらやってきたのは、彼と同じく最終局面で合流した警部だった。
由衣刑事の話から薄々察していたけど、長野県警の3人は古い付き合いなのか、人間関係がとても良いような気がする。


「話の途中で名乗りもせず失礼しました…私は諸伏高明、以後お見知り置きを」
「斎藤絵里衣です」


丁寧に自己紹介をしてくれた後、手を差し出してくれたので、断る理由もなく握手を交わす。
その瞳が探るような色をしているように感じるのは、気のせいではないだろう。


「棘に毒があるか調べてただけだ。行くぞ」
「君でもそんな言い方をするんですねぇ」
「うるせぇ!」
「ですがまぁ───」


息のあったやり取りをしながら、2人が踵を返す。


「───蟻の穴から堤も崩れる…疑心暗鬼を生ずというわけではなさそうですよ、敢助君」


本当に、これだから頭が切れる人と関わるのは嫌なのよ。


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