何故か真純ちゃんに連れ出され、同じく飛び出したコナン君と3人で森を進んでいく。
いくら本職が本職と言えど、事件が起きた辺りまで足を伸ばし、聡子さんが発見された周辺を見て回ったりと、手早くめぼしい箇所を調べる探偵達についていくのが精一杯だ。
そもそも私は現場を飛び回る捜査官ではないし、一応ただの演奏家である。
置いてきぼりの蘭ちゃんも園子ちゃんも、何で私が此方側にいるのか不思議に思っているに違いない。


「絵里衣さんはどう思う?」


道すがら、意見を求めてきた真純ちゃんには悪いが、2人のような探偵ではない私には意見なんてあってないようなものだ。


「まあ、近所の誰かの悪戯でした…で済む問題じゃなさそうってぐらいしか。今の時点だと、内部を洗う方が早い気がする」
「だろうな…」


当たり障りのない回答だったけど、それが真純ちゃんの予想通りだったらしく、うーんと考える素振りを見せた彼女は黙り込んでしまった。
コナン君も同じように考え込んでおり、場違いではあるけど、そっくりな2人に思わず笑ってしまう。


「あれ?アンタら…」
「任田さん!」


いつの間にか結構時間が経っていたらしく、コンビニに買い出しに行っていた任田さんと共に私達は別荘へ戻ることとなった。
ご厚意で先にご馳走になったジュースの冷たさが、身に染み渡る。
結局事件に関する収穫はこれと言ってはなかったが、もしかするとこの『収穫がなかった』ということが大きな収穫かもしれない。


「たっだいまー!」
「あれ?一緒だったの?」
「ああ…帰り道でばったり会って…」
「手掛かりは何もつかめなかったけどな」
「蘭姉ちゃん達は?」
「掃除が終わったからお風呂に入るって、今澄香と園子ちゃんとお風呂場に…」


玄関で出迎えてくれたのは珠美さんだ。
エプロン姿だから、きっと夕食の準備をしてくれていたのだろう。
4人の会話を聞きながら靴を揃えていると、風呂場にいるはずの澄香さん、園子ちゃん、蘭ちゃんの不思議な声が聞こえてきた。


「ちょ…ちょっと何よこれ!?」


ぴくりと瞬時に反応したのは、私ではなく隣にいる探偵達。


「やだ、きもっ!!」
「これも誰かのイタズラ!?」


一目散に駆け出す2人を追って辿り着いたのは、思っていたより広々とした風呂場だ。
バスタオルを巻いただけの、まさにお風呂に入ろうとしていた皆の前の湯船には、真っ赤なトマトが一面に浮いていた。
入浴剤が入っているのだろう、緑の湯に浮かぶ『赤』が印象的なその光景は気味が悪く、悪戯にしては質が悪いと思うと同時に、こんな悪戯を外部犯が行うのは一見無謀のようにも思われる。

すると何を思ったのか、女性陣の前に出た真純ちゃんが、服が濡れるのも構わずそのトマトに埋め尽くされた湯船に腕を突っ込んだ。
そして次の瞬間には、既に事切れた薄谷さんの遺体を引き上げたのである。








「殺害されたのは薄谷昌家さん28歳…殺害方法は、恐らく被害者の後頭部を鈍器のような物で殴って気絶させてから、湯船に沈めて溺死させたようね」


やってきたのは、いつぞやに会ったことがある長野県警の由衣刑事だった。
彼女は手慣れた様子で薄谷さんの同級生である3人に、事情聴取を行っていく。
犯行時刻前後は例年同様、薄谷さんが風呂とトイレの掃除を担当し、その間に珠美さんが食事の準備、澄香さんは部屋や廊下の掃除、任田さんは1キロ先のコンビニまで買い出しに行っていたそうだ。
途中、蘭ちゃんと園子ちゃんが澄香さんと風呂場を覗いたけど、その頃異変はなかったらしく、蘭ちゃん達が湯加減を見てから掃除を終えて風呂に入るまでに犯行が行われた、と仮定するのが普通だろう。
続いてアリバイも確認するが、この同級生達の中に、1階で人殺しが出来そうな人物はいなかった。


「あ…赤女…赤女なんじゃないか?」
「赤女って、15年前の?」


動機は置いておいて、任田さんが言う通り、例の『赤女』が容疑者に挙がってもおかしくない状況だとは思う。
この屋敷は、現に何回も『赤』に纏わる悪戯に遭っているし、同級生の中に殺人犯がいるなんて思いたくもないはず。
しかし現実はそう単純なものではなく、由衣刑事によってあっさり容疑者候補は打ち消されてしまった。


「それはありえないわ…赤女と呼ばれてた殺人犯、嶽野駒世の死亡はもう確認されてるから」


しかもその赤女は、実は12年前に聡子さんの遺体と一緒に発見されていたと言うのだ。
マスコミ発表が明日に控えているタイムリーな一件なんて、それに合わせた陰謀なんじゃないかと思ってしまう。
勿論、都合よく深読みしすぎなだけだろうけど。


「もう少しこの別荘の中を調べてから結論を出すから…それまであなた達3人は自分の部屋で待機しててくれる?」


蘭ちゃんと園子ちゃんはリビングで待機、探偵である真純ちゃんとコナン君は由衣刑事について捜査に加わることとなった。
天気も悪くなってきたみたいだし、早期解決を祈りたい。
ただの民間人である私も、蘭ちゃんと園子ちゃんとリビングで待機を選んだけど───


「じゃあ私も、蘭ちゃんと園子ちゃんとリビングにいるね。真純ちゃんとコナン君は…」
「ダメだよ!今日はずっとボクの傍にいてくれないと!」


───と言う真純ちゃんの有無を言わさぬ一言の結果、コナン君の保護者代理という建前で探偵達に同行となったのである。
当然、蘭ちゃんと園子ちゃんからは呆れを通り越した乾いた笑いをいただいた。
真純ちゃんとコナン君にはとっくに事情は説明済みだけど───この女子高生2人に本職がバレるのも、時間の問題な気がする。


「なぁ、絵里衣さん。科学か家庭科って得意だったか?」
「私がその科目を習う学生だった頃って、もう随分前の話なんだけど…」


捜査同行が一段落ついた後、コナン君とひそひそ話をしていた真純ちゃんから変な質問が飛んできた。
自信たっぷり、余裕たっぷりな女子高生探偵はいつの間に手に入れたのか、赤いトマトをチラつかせてみせる。
ご機嫌そうな小さな名探偵も、どうやら何かの絡繰りに気付いているようだ。
いや、私はFBIではあるけれど、捜査は担当外だから、あなた達と同じように推理が出来るとは思わないでいただきたい。


「トマト絡みで科学や家庭科要素って、糖度ぐらいしか思いつかないけど………ああ、あのバスソルト…」
「さすが絵里衣さん!ボクが男なら間違いなく惚れてるよ!」
「もう惚れてるように見えるけど…」


兄妹揃って小学生を呆れさせるとは、中々だと思う。
いやホントに。
冷静に状況分析出来るコナン君が、年齢に似合わぬ程大人っぽいっていうのもあるけどね。


「でね、今から世良の姉ちゃんとキッチンで実験しようってことになったんだけど、絵里衣さんも一緒に来てくれる?」


いろんな意味の溜め息と共に、私は頷いた。








「やっぱりそうだ!」
「間違いないね…」


キッチンで行われた実験は、手に入れたトマトをただ水の中に入れるという、至ってシンプルなものだった。
スーパーの野菜コーナーでもたまに見られる、美味しいトマトは水に沈むというアレである。
詳しくは知らないけど、比重と糖度の関係で、中が空洞化して空気が多いものは浮くし、よく熟して種子の周りの所謂ゼリー部分が多いものは糖度が高いから水よりも重くて沈む、という原理のはず。
真純ちゃんがくすねてきたトマトは水に沈んでいるので、つまり湯船に浮かんでいたトマトは本来なら水より重く、薄谷さんの遺体発見時は通常とは異なる状態だったと言える。


「バスソルトでお湯の塩分濃度を上げれば、トマトの方が軽くなって…」
「そう!」
「となると犯人は…」
「恐らくあの…」


とその時、突如辺りが真っ暗になった。


「え?」
「て、停電!?」


そして次の瞬間には、「ぎゃああ」という叫び声が響き渡る。
何が起きた…!?


「い、今の声…」
「澄香さん!?」


リビングにいた蘭ちゃんと園子ちゃんをすり抜け、合流した由衣刑事と澄香さんの部屋に向かう。
辿り着いたそこには澄香さんが倒れ込んでいて、その背には横一文字に血が滲んでいた。
彼女曰く、髪の長い女───赤女にやられたらしい。
日本警察もいる中で犯行が行われてしまったとは…。

兎にも角にも、変電所に雷が落ちた影響での停電で復旧に時間がかかると予想されるため、全員がリビングに集められることとなった。
澄香さんの手当ての傍ら、話は死んだはずの赤女の話題になる。
由衣刑事が言うには、毎年この時期に別荘荒らしもあるみたいだし、薄谷さん殺し以外に外部の何者かも絡んでいるようだ。
しかも園子ちゃんが停電前に、木の陰から此方を窺う髪の長い女の姿を見たと言うのだから、皆の恐怖は更に掻き立てられてしまう。


「ま、まさかマジでいんのかよ!?赤女の悪霊が!!」
「は、早くここから逃げないと、みんな殺されちゃうわよ!?」
「いないよ…悪霊も妖怪も魔女も魔法使いもファンタジーの世界の住人さ。この世にただの1人だって存在しやしない!!」


真純ちゃんの言う通り、生身の人間が犯人だろうけど、問題はそれが何者で、どういう理由で澄香さんを襲い、これからどういう行動に出るのか、だ。
まだこの近辺に潜んで、今この瞬間もチャンスを狙っているとも考えられる。


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