向こうより治安がいいせいか、日本に来てから大分のんびりした毎日を送っている気がする。
療養中という設定も手伝ってずぼらかましてる、と言われればそれまでではあるけど。

いつぞやはちょっと遠出をしようとしてバスジャックに巻き込まれ、赤井さんに問い詰められることになったから、今日は駅前でショッピングにでもしようか。
どうやら昼から気温が上がるらしいし、行くなら午後からがいいだろう。
せっかく行くなら下調べしてからにしようと思い、持ち込んだPCで駅前の店舗を調べてみれば、少々気になる店名が飛び込んできた。
これはきっと、買っておいて損はない……はず。








遅めの昼食を済ませ、久しぶりにうきうきと街へ繰り出した私は、早速出鼻を挫かれていた。
引ったくりに遭いかけたのである。
そう言えば最近、老人や女性を狙った引ったくりがこの辺りで頻発していたっけ。
まさか犯人を投げ飛ばすわけにもいかず、咄嗟に鞄を引いたせいで私は転倒、犯人はそのまま逃走───のはずが、たまたま通りかかった女子高生らしき制服姿の女の子に吹っ飛ばされて瞬殺された。
見た目はとても可愛らしいのに、戦闘力が高すぎる。


「本当にありがとうございました」
「いえ、そんな…お怪我はありませんか?」


ついでにこの女子高生は刑事とも知り合いらしい。
騒ぎを聞きつけてやってきた刑事2名を佐藤刑事、高木刑事と呼び、向こうも親しげに彼女と話をしているのだ。
バスジャックに引き続き、一見普通なのに普通じゃない人と出会うなんて…。


「あら、貴女あの時の…」
「その節はお世話になりました」


佐藤刑事と呼ばれた女の刑事は、私の顔を覚えていたらしい。
すると隣にいた男の刑事、高木刑事もポンと手を打った。


「バスジャックの時の…今度は引ったくり未遂なんて災難でしたね」
「はい。たまたま通りかかった彼女に助けていただいて…」


さり気なく話題を彼女に移せば、知りたい情報は大方聞くことが出来た。
彼女の正体は、今話題の名探偵、眠りの小五郎の娘の毛利蘭さん。
高校2年生で空手の達人だそうだ。
その名探偵経由で両刑事とも知り合いらしい。
繋がる時はとことん繋がるのが、この米花町の特徴のようだ。








そんなに時間も取られず解放され、予定通り目星をつけた店へ向かう途中、今度は小さな探偵さん達と遭遇した。
ただし、今回は歩美ちゃんと元太君の2人だけ。
子供には不似合いなフランス料理店の前で、何やら話し込んでいる。


「あ、絵里衣お姉さん!」
「フランス料理がどうかしたの?量より質だから、元太君には物足りないと思うけど…」
「ううん、何でもないの!」


何処か上の空な元太君の代わりに歩美ちゃんが答えた。
何でもないことはないだろうけど…元太君も歩美ちゃんも、ちょっと焦ってる?


「お姉さん、何処行くの?」
「ちょっと買い物にね」
「あ、もしかして時計?」
「え…?」


歩美ちゃんが指差したのは、私の右手首に巻かれた腕時計だった。
さっきの引ったくり未遂のせいか、ベルトに傷が入ってしまっている。
この位置なら自分で気付かないのも納得だ。


「姉ちゃん左利きなのか?」


ずっと黙っていた元太君が口を開いた。
一般的に腕時計は利き腕とは逆につけるものだから、彼がそう思うのは至極当然だろう。
だが実際、私は少年少女には口が裂けても言えない理由で腕時計を右につけているのだ。


「ううん、違うよ。時計が右だからそう見えるだろうけど」


元太君はまた黙りこくった。
一体どうしたと言うのか。
もっと突っ込んで問い詰めても良かったのだが、歩美ちゃんが任務中だとひっそり耳打ちしてくれたから大人しく引き下がることにした。
まぁその後、駅ビルで目的の物を購入していたら何だか外が騒がしくなって、少年探偵団が連続引ったくり犯を誘き出し逮捕に貢献したんだと分かったんだけど。
刑事さんから聞いた話によると、私の鞄を引ったくろうとした奴はこの連続引ったくり事件の模倣犯で、犯人確保に貢献した5人組の少年探偵団は小学生とは思えない口振りで犯人を追い詰めていたとか。
やっぱり彼、本当にcoolだわ。








そしてその夜、私は早速購入したモデルガンを開封し、テーブルの中央に置いてまじまじと眺めていた。
当然実際に銃弾を発射することは不可能だが、銃声を鳴るようにすれば威嚇するぐらいは出来るかもしれない。
いや使う気はないけど。
そもそも、日本の玩具のクオリティーが凄いと向こうのTVで紹介されていたから、自分の目で確かめたかっただけなのだ。
内部はやはり玩具らしい構造になっているが、外見は一見本物の拳銃のように精巧で、ベレッタM1938A短機関銃そのものだ。
この銃は別に愛銃と言うわけではないけれど、ちょっとした思い出の銃なのである。

モデルガンに惚れ惚れしていると、長い間沈黙を保っていた携帯が着信を告げた。
この時間ならジョディかと思ったのだが、ディスプレイを見れば相手は意外な人物だった。


『こんな時間にすまないね、斎藤君』
「お久しぶりです」


ジェイムズ・ブラック。
私の上司の同期であり、未だ本部で様々な事件を担当しているであろう凄腕だ。
帰省の際は鳴るはずのない鳥籠の携帯を鳴らしてみせたが、今度は直接個人携帯に連絡してくるとは。


『実は近々そちらへ行くことになりそうでね…』
「成程。観光…ですか?」
『そうなるだろう。君の顔も見ておきたくてね』


ジェイムズさんまで日本入りってことは、奴らは此処で何か大きいことでもやらかすつもりなのか。
新出先生のマークも未だにピッタリみたいだし、バスジャック以降平和に暮らせてたのは奇跡かも。
今日の引ったくりだって、連続引ったくり事件の模倣犯による犯行だったし、銃を向けられたこともなければ近辺を探られた様子もない。
私の感覚に間違いがなければ、完全ノーマークなはずなのだ。


『ああそれから、例の連続銃殺事件だが、今も細々とは続いているよ』
「そうですか…」
『自爆のお陰か、アメリカ国外に広がっているようだがね。気を付けてくれ』
「はい」


気を付けろと言われても、今の私は何もしない、何も出来ない民間人のはず。
変に知り合いを作るのもアウト、行動もアウト、なら引きこもるしかないじゃないか。
また、鳥籠のように。

どうしたものかと凝り固まった首を回せば、購入したばかりのモデルガンが静かに佇んでいた。


「…どうするのが一番coolだろうね」


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