その電話がきたのは数日前、今日も今日とて工藤邸に呼び出されていたその時だった。


「赤女?」
『そう!蘭君に園子君、それからコナン君も来るし、絵里衣さんも来るだろ?』
「いや、私は…」


チラリと横目で沖矢さんを見れば、汲み取ってくれたらしい彼が私の隣に腰掛ける。
電話の声がどれぐらい漏れているか分からないけど、どうやら聞こえているようだ。


『せっかく一緒に出掛けるチャンスなのに…』
「でもね、真純ちゃん」
『絵里衣さんが来てくれれば、蘭君と園子君も喜ぶだろうな…』
「うん、それは嬉しいんだけど」
『もちろんコナン君だって、絵里衣さんと一緒なら嬉しいだろうし…』
「………」
『なぁ、絵里衣さん』
「…………………」
『ダメか?』


何のデジャヴだろう。
いつぞやも、こうやって畳みかけられて丸め込まれた気がする。
誰に、とは言わないけど。

暫し渋っていると、隣で耳を澄ましていた沖矢さんが小さく溜め息を吐いて、「行くなら、いつでも連絡を取れるようにしておいてくれ」と言った。
なんだかんだで妹には甘いというわけね。


「…OK、分かったわ。そこまで言ってくれるなら…皆の保護者ってことで同行する」
『さっすが絵里衣さん!あ、実はその兄貴の依頼って言うのが、高校時代の同期のアウトドア部4人からで───』








「気っ持ちい〜!森林浴最高〜♪」
「ありがとね世良さん!誘ってくれて…」
「ボクもみんなと来られて楽しいよ!な、絵里衣さん!」
「…そうだね」


八重歯を覗かせてニコニコとご機嫌な真純ちゃんに、私は曖昧な賛同しか返すことが出来ない。
真純ちゃん、蘭ちゃん、園子ちゃん、コナン君という学生組に混ざるバイオリン奏者…もといFBIだなんて、何とも不釣り合いな光景ではないか。
…いや、向こうの友人達は「まだイケるじゃないか」と喜んでくれるかもしれない。
私がすっきりしない理由はこのメンバーだけでなく、真純ちゃんが此処にきた理由もあるし。


「でも意外だよね?世良の姉ちゃんが森林浴なんて!」
「そうそう!しかも、ちゃっかり絵里衣さんまで連れてきちゃって!」
「まあここへは依頼されて来たんだけどな」
「い、依頼ってまさか」
「探偵の…」
「依頼されたのは、本当はボクの兄貴でさ…」


私が事前に聞いていた話を、真純ちゃんは詳細を除いてほとんどそのまま繰り返した。
本当は真純ちゃんのお兄さんが友人達からとある依頼をされたが、多忙なため、女子高生探偵である彼女が出向くことになったこと。
彼女の兄は探偵やその系統の職についているわけではないが、学生時代にクラスで起きた事件などを解決していたらしく、仲間内ではかなり頼りにされているらしいということ。
私にとって彼女の兄と言えば、真っ先に思い浮かぶのは同じ職場の例の彼───今も隣家の工藤邸で待機しているはずの彼だが、真純ちゃんにはもう1人兄がいるのである。
どうやら蘭ちゃん達も彼女の兄の話は知っているみたいだけど、今回の件に絡む『真ん中の兄』については存在自体知らなかったようだ。
かく言う私も、その職のためにデータで知る程度だが、真純ちゃんなら訊かずとも話してくれたかもしれない。

よく口にしている亡くなった兄というのは一番上の兄で、兄2人に妹1人の三兄弟───そして全員名字が違うという話を聞いたところで、背中に言いようのない冷たい何かを感じ、私は咄嗟に振り返った。
視界の端に映り込んだのは、赤。


「じゃあ世良になる前はもしかして…」
「赤い…」


今のは───何?


「赤い人…」


一瞬視界にチラついたのは、確かに『赤い人』だ。
間違いなくその人物は此方を窺っていたし、蘭ちゃん、園子ちゃん、私の3人が見ているのだから夢幻ということもないだろう。


「さっきあの木の向こうに赤い人いたよね?」
「う、うん…赤いレインコートに赤いブーツを履いた…髪の長い女の人が…」
「赤女…」


例の件を知る人の悪戯?
わざわざ此処で『赤い女』に扮するなんて。


「え?」


その赤い女に気を取られているうちにコナン君が足を取られ、下へと滑り落ちていく。
この下は沼だ。
落ちれば色々な意味で厄介だろう。


「コ、コナン君大丈夫!?」
「足元には気を付けた方がいいよ…この森、底無し沼とかあるらしいから…」
「マジで〜!?」
「あ、絵里衣さんは何があっても絶対ボクが守るから!今日は傍を離れないでくれよ!」
「ありがとう…気持ちだけで充分だよ」


園子ちゃんは依怙贔屓と咎め、蘭ちゃんとコナン君は言葉を失っているようだが、真純ちゃんの顔は有言実行する気満々でキラキラと輝いているように見える。
中性的な容姿が魅力の彼女は女の子で、いくら強いと言っても一般人だ。
そしてFBIで兄の仕事仲間という立場の私が、守ってもらうわけにもいかない…けど、多分聞いてはもらえないだろう。
有り難いことにとても慕ってもらえているようだし、私が神経を研ぎ澄ましておかないとね。
前もって依頼内容も聞いていたから、さすがに拳銃の携帯はしていないけど、服装はいつも以上に動きやすさを重視して選んだつもりだ。
何もなければいいが、先程の人影を考慮するなら、万が一があるかもしれない。
彼女に怪我をさせたら、『兄』に合わす顔がないから。








それから少しして、目的地である貸し別荘に到着した。
大きく雰囲気のいい別荘だけど…赤い玄関の扉が嫌なアクセントになっている。


「もしかして世良君の妹さんとお友達?」


玄関前で声をかけてくれたのは、峰岸珠美さん。
今回の依頼人の1人である、真純ちゃんの真ん中の兄の友人らしい。


「ボクが妹の真純で、この2人がクラスメートの鈴木園子君と毛利蘭君!」
「どうも!」
「初めまして!」
「そしてこの子が蘭君の所に厄介になってる江戸川コナン君!ボクなんかより頭が切れる探偵さ!」


そう言えば、真純ちゃんはコナン君にいたく肩入れしているようだ。
小さな名探偵として頼りにはなるだろうけど、私のように何か繋がりがあるのだろうか。


「それから、無理言って付き添ってもらった斎藤絵里衣さん!ボクより遥か上をいく姉みたいな人だよ!」


私がいつ、真純ちゃんの遥か上をいったんだ。
全く身に覚えがない。
さすがに、それにツッコむような野暮なことはしないけど、ハードルを上げられるのは困りものである。

自己紹介が終われば、本題だ。
貸し別荘で妙な事件が起きた時の証拠写真は、友人の1人である河名澄香さんが真純ちゃんに渡してくれた。
少々冷たい態度に見えるけど、珠美さん曰く澄香さんは人見知りらしい。


「おっ!世良の妹のJK探偵マジで来たのか?」
「あれ?任田君と薄谷君、一緒に来たの?」


続いてやってきたのは、薄谷昌家さんと、任田甚輔さん。
真純ちゃんを男だと勘違いした2人も、今回集まった友人達で森の中でばったり遭遇したそうだ。
任田さんの方は撃退用にバットを持ってきているし、それで解決出来る問題ならまだいいんだけど…。
この4人が、真純ちゃんの兄に例の依頼をしたメンバーである。








「おいしー!」
「すっごくおいしいです!」
「ありがと!」
「珠美のハンバーグはお金取れるよな…」


別荘に上げてもらい、まずは腹拵え。
昼食は、珠美さん手作りのハンバーグだ。
お店のメニューと言われて納得の美味しさで、軽い運動の後と言うこともあって食も進む───はずだったけど、蘭ちゃんの一言でその和気藹々とした空気が断ち切られることとなった。


「じゃあさっきの赤い服の女の人が、もう1人の部員なんですね!」
「そ、それ、どこで見たの!?」


そうか、蘭ちゃん達は今回の依頼内容を聞いていないから…にしてもこの反応、内部関係は綺麗に洗い出す必要があるみたいね。


「嘘だ!!聡子が生きてるわけないじゃないか!!」


動揺露わな薄谷さんの口から飛び出したのは、キーパーソンらしき女性の名前。
真純ちゃんもすっかり乗り気だし、やっぱりこれ、ただの悪戯じゃないんじゃないかしら。


「その話、詳しく聞かせてくれよ…」


珠美さんが言うには、この近くの別の貸し別荘で起きた、『赤女』と呼ばれる殺人事件が発端らしい。
ある会社員が浮気相手を貸し別荘に連れ込んでいた所に、包丁を持った奥さんが乗り込んできて、その着ていた白いレインコートが真っ赤に染まるぐらい主人を刺し続けていたという話から、そのあだ名がついたという殺人事件。
駆けつけた警官を斬りつけて消えた赤女は現在も逃亡中だと言うし、基本的に平和な日本では、中々ない残忍な事件ではないだろうか。

そしてその3年後の高校の夏休み、聡子さんを含むアウトドア部5人がこの貸し別荘に来た時に、聡子さんが赤女を見たらしい。
そのため皆で森の中を探したが、途中で彼女だけはぐれ、その彼女が見つかったのは1週間後、底無し沼の中でだったそうだ。
彼女の靴だけでなく、例の殺人事件で使われた包丁も沼の傍で見つかっており、聡子さんは赤女に追いかけ回された結果死んだのではないかということだった。


「そ、その赤女を世良さんに!?」
「それは警察の仕事!私達、卒業後も聡子の遺体が見つかった日に毎年ここに集まるようにしてるんだけど…おととし辺りから奇妙な事が起き始めたのよ…」


窓ガラスが割られてリンゴが大量に部屋の中に転がっていたり、お湯が出ないと思ったら給湯器のタンクの中に赤いバラの花ビラがつまっていたり、玄関の扉に赤いペンキがぶっかけられていたり───珠美さんが言う『奇妙な事』は、ただの悪戯にしては気分が悪い『赤』ばかりである。


「まあ多分、その奇妙な事もさっき君らが森の中で見た赤女も、この近所に住んでる誰かのイタズラだと思うけど…犯人をつきとめて欲しくて頭の切れる世良を呼ぼうと思ったわけさ」


近辺の貸し別荘の客を驚かしているだけなら、もっと被害者はいるだろうし、少々規模が小さいような…。
15年前の事件がこれだけ残忍なら、世間はもちろん近隣の認知度や注目度はかなりのものだろう。
まして12年前の聡子さんの事例があるのなら───


「じゃあ、ちょっと森の中探ってみるね!絵里衣さん行こう!」
「え?ちょっ、真純…」
「ボクも!」


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