近くのホールで演奏会があるというので、仮初めの姿のために観に行くことにした。
博士と哀ちゃんと一緒に山梨県で行われる新作発表会に行くことが出来ないのは残念だけど、私を演奏家と信じている歩美ちゃんのお母さんから譲り受けたチケットだから、行かないわけにもいかない。
有名楽団の生演奏に生オペラ…『バイオリン奏者』をこれからも続けていくなら、観に行っておくべき演奏会だろう。

と言うわけで、素人の私でも知っている数々のクラシック曲と映画曲を存分に楽しみ、まだ暫くバイオリン奏者を名乗るのならもう少し知識と技術が必要だと反省しながらホールを後にすると、電源を入れたばかりの携帯が不穏なメールを受信した。
差出人はcool kidな江戸川コナン君。
そしてその内容は───


「博士と哀ちゃんが…?」


新作発表会からの帰り道、車の故障をきっかけに、2人が危険に晒されている。
だから念のため、様子を見ながら沖矢さんと一緒に探偵事務所に来るか、一時的にFBI側に身を潜めていてほしいということだった。
一見、近くで起きた犯罪に巻き込まれる可能性があるというただの忠告メールなんだけど…どうやら例の組織が絡んでいる可能性があるらしい。
もし博士と哀ちゃんが奴らの手に落ちてしまったのだとしたら、阿笠邸にいるのは色々な意味で賢くないし、それは隣家にいる沖矢さんも同じだ。
さすがは小さな名探偵、彼の判断には今日も驚かされる。
だが、タイミングが良いのか悪いのか、沖矢さんはジェイムズさんと会合中のはず。
直接会うのではないと思うけど…ひとまず、彼には悪いが私だけ探偵事務所に出向くことにしよう。
私と同じくコナン君から連絡もあっただろうし、本当に奴らと相見えるのなら情報提供者がいる方が動きやすいだろうしね。








一番早いルートで帰路を進み、毛利探偵事務所に来たのはいいものの、何だか中が騒がしい。
殺気のような冷たい気配は感じられないし、事件というわけではなさそうだけど。


「絵里衣さん…!」
「絵里衣さん!?もしかして、この名探偵毛利小五郎に何かご依頼でも…!?」


意を決してインターホンを押せば、出迎えてくれた蘭さんの後ろに見える、毛利探偵やコナン君、博士と哀ちゃん、そして見知らぬ男女2人からの視線が刺さる。
この見知らぬ2人が、コナン君からのメールにあった怪しい人物なのだろうか。
それとも、もう既にそれらは解決した後?
何にしろ、やはり空気は悪くない。


「突然お邪魔してすみません、毛利名探偵。博士と哀ちゃんが出先で立ち往生と聞いたので、お力をお借り出来ないかと思ったのですが…もう必要ないみたいですね」


正確には、コナン君から此処へ来るよう助言があったのだけど、正直に話すべきではなさそうだ。
「…心配かけてごめんなさい」と小さく言った哀ちゃんに首を振ってみせれば、阿笠博士と蘭さんが私にも分かるように状況を説明してくれた。
新作発表会の帰り道、車が故障して更に財布も落としたため身動きが取れなくなったこと。
毛利探偵事務所に行くという、通りすがりの男女の車に乗せてもらうことになったこと。
半殺しだの皆殺しだの何やら物騒な発言が聞こえたため、警戒してコナン君に助けを求めたこと。
この男女が実は長野県警の刑事で、コナン君の顔見知りだったこと。
即ち、奴らと全く関係のない勘違いだったというわけだ。


「同じ空間にいて名乗らないのもおかしいわよね。私は長野県警の上原由衣。こっちは大和敢助警部よ」
「阿笠博士にお世話になっている、斎藤絵里衣です」


由衣刑事と呼ばれた右目周りを怪我している刑事は、私と同い年ぐらいの細身の明るい女性で、少し年上に見える大和警部と呼ばれた左目と左足を怪我している警部は、色黒で少々強面の男性。
和気藹々とまではいかなくても、ただの上司部下とは思えない距離感だし、プライベートでも仲が良いのだろう。


「ねぇ、絵里衣さん」
「あぁ、コナン君。メールありがとう。ごめんね、電源切ってたから遅くなって…油断は禁物って痛感したわ」
「ううん…ボクこそごめんなさい。勘違いだったって言い忘れてて…」


コナン君にあわせてしゃがめば、ひそひそと可愛らしい謝罪が返ってきた。
確かに、出来れば続きの情報もほしかったと言うのも本音だけど、結果がこれなら問題ない。
それに私だって、自らの手で携帯の電源を落としていたわけだし。
これが勘違いでなければ、とんだ大馬鹿者である。
そもそもあのホールは電波がほとんど入らない構造だから、携帯だけでなく、今日の行動全てが間違いだったってことだけど。


「私にもかなり非はあるから、気にしないで。知り合いなら積もる話もあっただろうしね。まぁ、ただ挨拶がてら東京に…っていう雰囲気じゃなさそうだけど」
「うん…小五郎のおじさんに解決してほしい事件があるんだって」


私との挨拶を終えた長野県警の2人は、何やら真剣な面持ちで毛利探偵と話し込んでいる。
名探偵の頭脳を借りるためにわざわざ長野から東京まで来るとは、世間を騒がす名探偵の知名度と信頼度はかなり高いようだ。


「そっか。じゃあ私は博士達と帰るね」
「こっちとしては、役に立つなら別についてきてもらっても構わねぇがな」
「か、敢ちゃん!?」


不敵に上がる口角、探るように奥まで射抜く隻眼───大和警部の思いもよらない発言に、私の一番近くにいるコナン君までも大きく動揺をみせている。
それはそうだろう、明らかに刑事らしからぬ発言だ。
東京の刑事達は毛利探偵達に友好的のようだけど、それは毛利探偵が元刑事で世間的に有名な名探偵だからだろうし、普通一般人を巻き込もうとはしないはず。
まして、今日初めましてのただの顔見知り相手を、わざわざ事件現場に誘うなんて。
私がそっちの機関の人間だと知っているならまだしも───って、まさか。


「絵里衣さんがいれば俺の士気は上がるが…こんな美しい人に事件現場を見せるわけにはいかねぇよ」
「もう、お父さんふざけないでよ!」


一体いつ、私はしくじった?


「残念ですが大和警部…私が役に立つとすれば、精々英語の通訳ぐらいなので」
「そうか…そりゃあ残念だ」


彼は私から、いつ、何を見抜いたって言うの?


「じゃあ行こうぜ小五郎さんよ!早く出ねぇと動き辛くなる」
「あ、あぁ…」


指示に従うがままの由衣刑事は、多分何も分かっていない。
まさか、こんなところにも切れ者がいたなんて…いや、そう判断するのはまだ早いか。
私と彼は間違いなく今日が初対面だし、この一瞬で全てを見抜かれたというのは考えすぎかも。
警戒されているだけで、向こうは全く分かっていない可能性だってあるんだから。
落ち着いて、冷静に。
そもそも長野県警と会う機会なんてそうないし、堂々としていればいい。
まだプラマイは0だ。

このまま長野県に向かうという一行を見送りながら、私は大きく溜め息を吐いた。
博士と哀ちゃんには不思議そうな顔をされたけど───何て言うか、とりあえず自己嫌悪で胸が苦しい。


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