まず私がやるべきは現状の把握からだろう。
キュラソー奪還が空からなのは間違いない。
であれば、奴らが動くタイミングは1つしかないではないか。

先程見ておいた記憶を頼りに、対極の通路を突っ切る。
私が知っているのはサウスホイール側になるけど、ノースホイール側もほぼ線対象のはず。
階段を上がり更に駆け抜ければ、やはり───。


「ノースホイール…あれか…!」


南側のゴンドラは一般客で賑わっていたというのに、北側のゴンドラは不自然な程に空だらけだ。
と言うことは、北側のゴンドラにキュラソーが乗っていて、しかもそれが頂上に到達した時が、空から攻めるベストタイミング。
耳を澄ませば、微かにホバリング音も聞こえる気がする。


「………!」


進もうと踏み出した足を、慌てて引っ込めた。
突然辺りが真っ暗になったのだ。
きっと此処だけじゃない、園内の照明も消えて───闇に紛れてキュラソーを連れ帰るつもりなのでは…?
となると、私が北側にいるのはマズい。
奴らに対抗手段のない私が、北側にいることで下手に視界になんて入ってしまえば、足手纏いもいいところだ。

足元に気を付けながら階段を駆け下りる。
暗闇のせいで足を取られながらもサウスホイール側へと移動し、体力の限り階段を駆け上がれば、何やら鈍い衝突音が響いた。
その後に、メキメキと何かが潰れる音も響いてくる。


「攻撃…?いや、そんな…」


何がどうなっているかはさっぱりだけど、音から察するに観覧車の一部は破壊されたのだろう。
これで一般客の避難誘導は必須───先に零さんの元に行く方がいいか…。
解体が終わっていればそれでいいし、終わっていなければフォローに…いや駄目だ、それじゃあ遅い。
落ち着いて、冷静に。
不用意に動いてはいけない。
素早く考えて、最善の行動を選択しなければ。

暫し静寂の中考える猶予はあったが、また激しい音と共に何かが壊れ剥がれ落ちていくような音が聞こえ始めた。
こう暗くては何も分からない───が、もう立ち止まってもいられないらしい。
自分の勘を頼りに走れば、無数の銃弾が容赦なく追ってくる。
分かってはいたものの、手放すわけにいかない楽器ケース諸々が邪魔だ。
手近な鉄柱に飛び込むように身を隠すと、キン、と弾が跳ね返る音がすぐ耳元で聞こえる。
このままでは、観覧車の腹を覆っているLEDビジョンが丸裸というだけでなく、爆弾そのものを狙い撃ちにもされかねない。
ホバリング音から察するに、奴らはヘリか何かの機関銃で攻撃してきているのだろう。
となると、我らが狙撃手の赤井さんに太刀打ちしてもらうしかないではないか。
剥がれたビジョンの隙間から目を凝らすも、向こう側を狙っているマズルフラッシュが僅かに確認出来るだけ…と言うことは、いつぞやみたいに光が必要か。


「私はまた、何にも出来ないって…?」


きっとこの状況は、コナン君も分かっているはず。
彼は今日もあの博士の発明品のベルトをしているだろうから、条件さえ揃えば、またあの時のように照らしてくれるに違いない。
奴らも何故か向こうばかり狙っているようだし、私は出来ることをやるしかないということね。

楽器ケースを背負い直して階段を駆け上がる。
この先なら北側の状況も見れるはずだ。
いつの間にか銃声は収まっていいるようだけど、これだけ破壊しておいて、観覧車に設置した爆弾を使わないはずはないだろう。
今のうちに、すぐ手の届く箇所まで落ちてきていた爆弾をかき集めながら目についた瓦礫を通路脇へどけて、変にひしゃげた扉はベレッタで蝶番を壊しておく。
これ以上被害が拡大したら何の効果もなくなるだろうが、やらないよりはましだと信じたい。

また銃声が響き始めた。
やはり予想通り、爆弾を爆発させて観覧車ごと全て壊す気なのだろう。
急いで階段を駆け上がれば、向かいのノースホイール側の通路に赤井さんとコナン君が見えた。


「見逃すなよ!!」


かと思うと、激しい爆発音と共に、急に夜空が特徴的なオレンジに染まる。
この色はプラスチック爆弾…回収したC-4か。


「いっけぇー!!」


それに続いて、今度は今の状況に場違いな程大輪の花火が咲いた。
これは小さな名探偵、コナン君だ。
そして、トドメが───


「墜ちろ」


今この中で唯一奴らに対抗する手段を持つ、赤井さんの狙撃。
これでやったか……いや、まだだ。
弾は当たったはずだが、奴らは攻撃の手を緩めない。
まだ銃声は響き続けている。


「…っ!」


ぐらりと足元が揺れたかと思うと、上から瓦礫が降ってきた。
それは私の楽器ケースや左半身を襲い、そのまま立っていた通路まで飲み込んでいく。

上も下も横も、ミシミシと嫌な音を立てて潰れていった。
どれぐらい落下したか分からない───けど、とりあえず左肩の感覚がおかしい以外問題はなさそうだ。
瓦礫の中から体を起こし、服についた土埃を払う。
何かが軋む鈍い音はまだ続いていた。
嘘……反対側のホイール───ノースホイールが車軸から外れたの!?


「絵里衣さん!良かった、手を貸して!」


ハッと顔を上げれば、崩れた階段の上からコナン君が叫んでいる。


「ノースホイールを止めるには、あそこから───!」


何か案があるのか。
駆け寄った私の姿を見て、コナン君が目を見開いた。
そんなに酷い格好なのかと思ったけど、彼の視線は意図的に力を抜いた左腕に注がれているようだ。


「絵里衣さん、まさか…!」
「ノースホイールを止めるための、足場が足りないって言いたいのかしら?」


博士の発明品のサスペンダーを手にしているということは、サウスホイール側に軸が必要となるはず。
そのためには、中途半端に壊れた通路や瓦礫が邪魔なのだろう。
小学生を危険に晒すのはFBIとして宜しくない判断だが、このままノースホイールが転がっていけばもっと甚大な被害になる。


「コナン君、ちょっと下がってて」
「でも絵里衣さん、左腕が…!」


ズボンのポケットからM13を引き抜き、右手で構えた。
そして、出来るだけ基本に忠実な射撃姿勢を取る。

誰かにいちいち説明なんてしたことはないが、普段私が左手でトリガーを引くのは利き目が左だからだ。
精度は落ちるけど本来の利き腕である右手でもトリガーは引けるし、そもそも非利き手狙撃はFBIの訓練にも組み込まれているメニューである。


「誰が右で撃てないって言った?」


あまり役に立たない左手でも支えながら、続けて5発撃ち込む。
必要箇所には当たってくれたお陰で、これなら何とか瓦礫を越えて向こうへ行けるだろう。


「任せたわよ、小さな探偵さん」
「ありがとう!」


その背を見送ってから銃を仕舞っていると、突如真横に風が舞う。


「貴女も諦めはしません」


気付いた時には、その白い背中は吹き抜けた風と共に小さくなっていた。
零さん見てたのね…。
すっかり出遅れはしたけど、こうなれば私も行かないわけにはいかない。

瓦礫を越え、崩れた通路を越え、日頃の運動不足を恨みながら足を動かしサウスホイールの端まで辿り着く。
傷や汚れで惨めな姿となった楽器ケースを下ろしながら周囲に目を走らせるが、零さんもコナン君も見当たらなかった。
すっかり開けてしまった視界の先、イルカショー用のスタジアムに車軸から外れ転がっていったノースホイールがのし掛かっている。
どうやら何とか、スタジアムを押し潰す手前で止まっているらしい。
此処からはよく見えないけど、ベルト片手に突っ走っていったコナン君が遣って退けたんだろう。
ノースホイール側で狙撃していた赤井さんも、向こうにいるかもしれない。
これでオールクリア…ハッピーエンドなのだろうか。


「絵里衣さん…!」


突如名を呼ばれたかと思うと、腕を引かれ何かに包まれる。
さらさらと頬を擽る茶色い髪は、小さな探偵さんを追っていった彼の物だ。


「零さん…」
「貴女が無事で良かった…」


力一杯抱き締められる。
逞しい胸板越しに聞こえる力強い鼓動が速い。
お互い汚れて汗臭いはずなのに、仄かに香る零さんの匂いが精神安定剤の如く私に染み込んでいく。


「ああ、すみませんこんな姿で…つい…」
「いえ…」
「一時的でしょうが、ひとまずは乗り切れたということでいいでしょう…今は此処からの撤収が先決だ」


足元に置いてあった楽器ケースを軽々と肩にかけた零さんが、左手を差し出した。
一瞬躊躇うと、その一瞬すら許してくれないらしい彼の手が伸び、右手を絡め取られる。


「今ぐらい、俺に格好つけさせろよ」


手を引かれるまま階段を下り、そのまま出口へ向かう人の波に紛れ込んだ。
人々は、口々に観覧車崩壊について驚きの意見を交わしながら列をなして歩いている。
さすがに機体をやられた組織の人間はもう撤収しているだろうけど、零さんは本職側と合流しなくていいのだろうか。
と言うか、例え安室透としてでも、私と一緒にいるのは色々と宜しくないのでは…。


「安室さん、楽器ケースを───」


そろそろ自分で持ちます、と続けるはずだったのに、ぴたりと足を止めた彼のせいで言葉が続かない。
零さんの視線を辿れば、その先には身を隠すように木々に体を預ける赤井さんがいた。
やっぱりノースホイールにいたのか。


「どうやら此処までのようだ」


肩から楽器ケースを下ろすと、零さんはそれをそっと私に抱えさせてくれる。
そして少し身を屈めると、耳元に今日一番の文句を吹き込んだ。


「『お姫様』の『騎士』に選ばれたのはこの僕…それを忘れないで」


最後の最後にとんでもないことを言ってのけた唇が、柔らかく頬まで滑り落ち、離れていく。
私の背を木立の方へと促してから、彼は一般客の波に戻っていった。
私の中に残る、この大きなもやもやを一体どう処理しろと言うのだろう。

居心地の悪さを感じつつ、一仕事やり遂げた後にも関わらず相変わらずな様子の赤井さんと合流し、少し離れたところに置いてある厳つい赤い車に乗り込む。
シートに背を預けたところで、どっと疲れが押し寄せてきた。


「怪我は?」
「問題ありません」


じろ、と不満げに視線を向けた赤井さんの右手が伸びる。
その手に掴まれた左肩が、何とも言い難い警告を告げた。


「………っ!」
「彼に分かって俺に分からないはずがないだろう」
「分かってるなら何でわざわざ掴むんですか…」
「こうでもせんと、しらを切られかねんからな」
「赤井さんだって、安室さんと無駄にやり合った後なくせに…」


コナン君と同様に私の怪我を察した零さんが、気を遣って別れるまで楽器ケースを持ってくれていたのだと気付くと同時に、赤井さんは本当にいい性格をしていると改めて思い知らされる。
でもこの少し意地の悪いところもカッコ良く見えてしまうのだから、この人は存在そのものが狡すぎるのだ。


「ホー…まだ煽るか」
「そんなつもりありま…」


昨夜と同じように、押し返す間もなく唇を塞がれる。
しかし柔らかく触れ合っただけで、それはすぐに離れていった。


「心配は無用だ。お前の怪我が治るまで、好意を寄せる隣家の大学院生が、甲斐甲斐しく世話を焼くだろうからな…」


いや、それ駄目なやつですから。
赤井さんなのか沖矢さんなのか、零さんなのか安室さんなのか分からないけど、女子高生達の話のネタにされる展開になる未来が見える。
ちょうどいい機会だし、早く引越先探そう…。
しかしその矢先、溜め息を吐いた私の考えを見通したのか、また視界が彼でいっぱいになった。


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